ゆきこの部屋

宝塚やミュージカル、古典文学など好きなものについて語るところ。

雪組『f f f -フォルティッシッシモ-』~歓喜に歌え!~感想

雪組公演

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ミュージカル・シンフォニア『f f f -フォルティッシッシモ-』~歓喜に歌え!~
作・演出/上田 久美子
レビュー・アラベスクシルクロード~盗賊と宝石~』
作・演出/生田 大和

実は最初に見たときには「おもしろい! すごい! しかしどうやって解釈すればいいのか?」と思い、各所でコメディタッチなところや印象に残ったところなど部分的な感想はいくらでも思いつくのだけれども、全体としてどういう作品だと考えるかというのが難しいなあ、なんといったらいいんだろうなあ、語彙力ないなあ……なんて途方に暮れていました。
けれども、その日の夜にお風呂で考えがまとまりました。
そうか、これは一つの「シンフォニー(交響曲)」なのか、と。
「ミュージカル・シンフォニア」というショルダータイトルはそういうわけか、なるほど。
私が観劇したのは芝居というよりもむしろ交響曲だと考えると、全体としてスッキリまとまりをもって腑に落ちました。
だから普通の「物語」としての文法を照らし合わせて、あれはこことつながっているとか、フラグを回収したな、とかそういう見方をしない方が私は楽しめました。
交響曲にもそれなりの「文法」があって、むしろそれを作り出したのが今回の主人公であるルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(ルイ)なのですが、今回は細かい音楽のカテゴリ(スケルツォとかメヌエットとかソナタとか)はともかくとして、交響曲にはガッツリ「序破急」「起承転結」の作り方の他に、「同一テーマの反復」という作り方があり、それと照らし合わせて今回の作品を読んでいくとおもしろいなと思った次第です。
だから多少観念的な話にはなるかと。

ここからはネタバレがありますので未見の方は注意です。

では、本作における「反復」される「同一テーマ」とはなんなのか、それが謎の女の正体なんだと思います。
本人は「誰のそばにもいる」「人生の不幸」と名乗ります。
ナポレオンの言葉を借りれば、「人間の苦しみ」とも言い換えられるでしょう。
ゲーテの言葉で言うなら「悩み」というところでしょうか。
そしてそれにルイは「運命」と名付ける。
厳密にいえば「不幸=運命」ではない。だからルイのやったことは「ラベルの張り替え」だ。新しい名前をつけた。
だから彼女は最後に白いお衣装に「生まれ変わる」。新しい概念として彼女を捉え直したから、彼女も変わった。

ルイは失恋、難聴、孤独といった「不幸な運命」を背負いながらも、それでも抗って、戦って、魂を込めて作った音楽で戦ってきた。
その音楽は確かに不幸の中から生まれたかも知れないけれども、その音楽は人々に不幸をもたらしたわけではない。
上田先生の講演会で「何が嫌いかわからなければ、何が好きかもわからない。感覚というのは相対的なものだ」というフレーズが印象に残っていますが、まさにそういうころなのではないでしょうか。
「何が不幸かわからなければ、何が幸い(歓喜・喜び)なのかもわからない」
だからルイは「不幸」という概念とともに「歓喜の歌」を作る。

天界という人知を超えた存在が大きな枠組みとしてあり、その中で、ナポレオンの苦しみ、ゲーテの苦しみ、現在のルイの苦しみ、過去のルイの苦しみといった「人々の苦しみ」が繰り返し描かれる。
これこそが「同一テーマの反復」であり、音楽(芝居)として「苦しみ」のクライマックスはナポレオンの苦しみだろう。
ここに描かれるナポレオンは史実のナポレオンではない。
百日天下を成功させたナポレオンの見る影もないが、それでいいのだろう。
ここに描かれているのはあくまでも「ルイが思い描くナポレオン」なのである。
「ルイが思い描くゲーテ」は政治家としてのゲーテ当人によって否定されてしまった。
「ルイが思い描くナポレオン」も皇帝となったナポレオンによって否定されてしまったが、ルイの夢の中に現れるナポレオンは「人は苦しむために生きる」と説く。
そんなのあんまりである、という反動をバネに自分の「苦悩」を人類の「不幸」とともに「歓喜」に変える「運命」を選ぶ。
すごいな、壮大だな。ビックリするわ。こんなの、見てすぐには気がつかないよ。
観劇したその日にゆっくり振り返る時間がとれてよかった。

大団円は見事である。
白いお衣装を着てみんなでぐるぐる回ってジャンプする。第九の完成である。
自身を「不幸」と名乗った謎の女は「運命」という新しい名前をつけられたことによって、白いお衣装に着替えて女神のようにルイのそばで微笑む。
なお、ルイは第十の交響曲も執筆中であったというが、完成する前に亡くなる。
だから第九の「歓喜の歌」が本当に最期の作品となる。

私たちはあらゆる「不幸」とともにある。
いや、なんていうかこの未曾有のウイルスが跋扈する世界でこの国の対応なんてのは、多少知恵のある人ならわかる通り「不幸」だと思うんですよ。
あんな支配者がいる国に生まれるなんて。
私たちはその「不幸」にどうやって戦ったらいいのだろう、抗うべきなのだろう。
そう考えずにはいられませんでした。

それから、作品全体が、過去の作品へのリスペクトにあふれている。
彩凪翔演じるゲーテが『春雷』であることは言うまでもなく(そのゲーテに携帯電話の存在を予見させたのはうまいなあ、しかもその携帯電話が悪しきSNSを生み出すのだから、思わず考え込んでしまう)、他にも例えば、望海風斗演じるルイの少年時代を演じるのが野々花ひまりであることは『ドン・ジュアン』を思い出させる。
真彩が銃口を望海に向けるところはさながら『ひかりふる路』だろうか。
中盤、第五交響曲を捧げることから、謎の女の正体がチラリとわかるあのコメディたっちな二人の会話は『20世紀号に乗って』のようでもある。
「ペンよりもパン!」って最高だな。あの真面目な声のトーンで言われたらねえ……笑。
しかしルイはそのパンも投げ捨てるわけですが。毎回そのパンの行方が変わりそうですね、あの軌道。
望海に対して「は?」と本気で、低い声で真彩が言うのもおもしろい。
ルイが体が密着するほど近づいてきたときのやりとりもよく似ていたな、と。
円盤化されないことに落胆しているファンへのやさしさ。ありがとう、上田先生。

また、本人たちは演じていませんが、謎の女がピストルを手渡すところは『エリザベート』のトートやトートダンサーのようでもあるし、『うたかたの恋』を連想する人もいるだろう。
ナポレオンの戴冠式のお衣装は『眠らない男』のものだった。
上田先生ってすごいな。天才か? これを『サパ』とほぼ同時並行しようとしていたというのがすごい。頭の中、どうなっているのだろう。情緒不安定になりそうだけど。
『サパ』はゴリゴリ「物語」の読み解きを必要とすると思っているし、次の『桜嵐記』もおそらくはそちらのタイプであろうから、少し違うタイプの物語を作ってみたくなったのでしょうか。いやはや、すばらしい。

すばらしいといえば、空のオーケストラピットの使い方ももはや神業レベル。
誰だって空のオケピを見るのが辛いと思った。
『アナスタシア』のときは御崎先生が指揮者として立ってくれたことがどれだけ心強かっただろう。
でも上田先生は「何ができないか」ではなく、「何ができるか」という発想で、オケピを十二分に舞台として使ってくれた。
とても嬉しかった。だから最初の場面は涙なしでは見ることができない。

よく回る盆、よく動くセリ、という印象もありますが、これも舞台上の人数を減らすのに効果的なのでしょう。
少々うるさい(物理的にというよりも精神的に気が散るとか)と感じる人もいるかもしれませんが、私はめまぐるしく変わるのがおもしろかったです。
それにしても大道具さんは、これは大忙しだろうなとは思いました。
裏方さんもどうか、最後まで無事でいてください。
銃に見立てたトランペットの大道具もすばらしかったです。

配役の小さな炎と黒炎の妙も効いていました。
小さな炎、それはルイの生きる希望。だから楽隊たちとベースの色は同じ。ルイにとって音楽とは生きる希望。
一度は黒炎に消されかけますが、ルイは「不幸」を乗り越え、再び音楽を作る。
黒炎こそトートダンサーのようなものでしょうか。
「ひとかけらの不幸」といいますか、まあ二人いるので「ふたかけらの不幸」とでもしておきましょう。

役者別の感想としては、まずはだいもん(望海風斗)もルイはもうミュージカル役者としての一つの完成形だと思います。
これを普通の男性が演じたら、暑苦しくなってしまいそうだなと。
ルイは重苦しくこそあれ、暑苦しくはないかなと思うのです。
音楽にまつわる話を最後に演じられる喜びもあるのかもしれません。
だいもんのご実家では父親がクラッシック曲を好んで聴いていたというので、喜びもひとしおではなかったことでしょう。
人格は別として、あの偉大な楽聖ベートーヴェンを演じることができる喜びをひしを感じました。
「サヨナラ公演に名作なし」という言葉を見事に覆してくれました。
上田先生も彼女にこそベートーヴェンを演じて欲しかったのでしょう。

指揮者が指揮棒を振ることは今でこそ当たり前になっていますが、ルイの時代はそういう習慣ができるかできないかギリギリのところ。
でもやっぱり指揮棒をもっていてくれると嬉しいよね。
ファンとしては『ファントム』も思い出すからさ。
ありがとう、上田先生。
ちなみに「fff(フォルテシッシモ)」なる記号を最初に用いたのはルイだとか、なんとか。私も何かで読みました。
最初、楽譜を見た人たちは「ff(フォルテッシモ)」の間違いでは?と思ったくらいだそうです。
ルイは楽譜の字も読みやすいとはいえなかったのでしょうね。

上田先生に「稀代の歌姫」と言われるきぃちゃん(真彩希帆)の謎の女もすばらしかった。
サヨナラ公演なのに、概念としてのお役で、しかもルイにしか見えないという設定だから、他の役者との絡みは確かに少ないのだけれども、その分濃厚にだいもんと絡んでくれて、本当に嬉しかったです。
しかも絡み方が今までになかったようなタイプで、もうなんていうか本当に新しい一面をありがとう。
ショーでも思いましたが、今回はやたらと高笑いが多いので、喉を大切になさってください。
上田先生と生田先生はきぃちゃんに高笑いして欲しかったんですね……笑。
あとは銀橋での演技は裸足でもありましたので、足下にもご注意ください。
突然ピンクのお衣装になったときは驚きましたが、それもルイの妄想ですしね! 愛らしかった。
ついでに大きな黒いリボンにピンクのお帽子?髪飾り?も素敵でした。
ルイが常に重苦しい「fff」であるのに対して、「ppp」の姿勢を貫くというだいきほの新しい関係もすばらしかったです。

次世代を引っ張っていくナポレオン役の咲ちゃん(彩風咲奈)はそつなくなんでもこなすという感じでしたね。
ひらめちゃん(朝月希和)との絡みがないのは残念でしたが、ショーではこれでもか!というくらいプレプレお披露目感が漂っていましたね。
素敵なコンビになってくれることを祈ります。

メッテルニヒのカリ様(煌羽レオ)は『N!ZM!!』のピンク髪+半袖腕まくりという出で立ちがうっかり性癖に刺さって大変なことになりましたが、今回のメッテルニヒもすごくよいー!
セリ上がりしているメッテルニヒと花道から銀橋にむかって歩きながら歌うルイの二人の曲が私はとても好きです。
あー早く『ル・サンク』でないかなー。正しい歌詞が早く知りたい。とても知りたい。
本当に完璧にメッテルニヒだよ? 私の想像通りだよ?
伊東甲子太郎のときもそうだったんだけど、本当に想像通りの甲子太郎だったんだよ?
拍手するしかねー! あとダーティーLEOも好きでした。要は悪役ってことか。

あすくん(久城あす)のサリエリは、どの媒体でもなかなかお目にかかれないほどの陽キャぶりを発揮して、新しいサリエリ像ができました。すばらしい。
映画『アマデウス』の印象が強い人も多く、サリエリモーツァルトに嫉妬していたという話もありますが、実際はモーツァルトの方がサリエリをうらやましがったという話もありますね。
宝塚で言えば星組ロックオペラモーツァルト』のサリエリ(凪七瑠海)とは全く違うサリエリに出会うことができました。
いや、これは目からうろこでした。すごい楽しいよ、あのサリエリ
みちるモーツァルトには「まだ宮廷楽長なんてやって! 実力ないくせに!」みたいな悪口を言われていますが、聞こえていてもにこにこしていそうなサリエリでした。

ゲルハルト役のあーさ(朝美絢)は、ルイが「少年」「青年」「大人」と役がわかれているのに対して、すべてを一人で担っておりましたので(もっともここをわけるとあーさの出番がさらに減るので仕方が無いかもしれません)、早変わりもあって大変だったと思いましたが、演じ分けもよかったですね。
少年時代の第一声なんかは月組時代を思い出すほどでした。
青年ルイ役のあみちゃん(彩海せら)との並びはうっとりでした。舞台写真欲しいくらいです。
あまり出番がなかったのは残念ですが、あれが最大限でしょう。

ルイの少年役を演じたひまりちゃん(野々花ひまり)、天国にも地獄にもいけないモーツァルトを演じたみちるちゃん(彩みちる)、オーストリア皇后を演じたカレンさん(千風カレン)、ブロイニング夫人を演じたすみれ姉さん(愛すみれ)、大好きな娘役ちゃんたちは何を演じていてもどこにいてもすぐに見つけました。
ひたすらに愛らしかったです。ありがとう。
でもひまりちゃんを何回もぶたないで~!>< 見ているこっちが痛い。
それくらい組長(奏乃はると)の演技もすばらしかったです。
あやなちゃん(綾凰華)にもちゃんと歌う場面がありました。
出番はそれほど多くないけれども、ルイの後ろ盾になっていてくれて本当にありがとう、ルドルフ大公。

最初に「同一テーマの反復」が主軸にある作品だと考察しましたが、これってうっかりすると眠くなるんですよね。
なんせ同じことが繰り返し起こるから。「人間の不幸・苦悩」がずっと続くから。
けれどもそうならないのは一重に役者の技量でしょう。本当に組子たちの芝居に支えられた(上田先生に鍛えられた)作品でした。

まあね、そもそも「だいもんがきぃちゃんと一緒に第九を作る」っていう筋書きだけで大優勝なんですよ、御託なんてどうでもいいんですよ。『SV』を思い出さずにはいられませんからね、ファンは。上田先生は本当に過去作品へのリスペクトがあるな。

今まで私が触れてきた多くの作品とタイプが違うので、良さをかみしめるのに時間がかかりそうな作品ですが、とてもとても良かったです。
ショーと合わせると、本当に胃もたれしそうです(笑)。
でも出会えて良かった作品です。
しばらくベートーヴェン関連の書籍をあさって読みながら、この作品に出会えた幸せもかみしめます。
ショーの感想はまた後で! 長くなりすぎた!

こちらも「宝石に扮したきぃちゃんを盗賊であるだいもんがシルクロードを渡って追いかける」という筋書きだけで大優勝で、今回は芝居もショーも大変満足でした。