ゆきこの部屋

宝塚やミュージカル、映画など好きなものについて語るところ。

星組『ザ・ジェントル・ライアー』感想

星組公演

kageki.hankyu.co.jp

ミュージカル・コメディ『ザ・ジェントル・ライアー ~英国的、紳士と淑女のゲーム~』
原作/オスカー・ワイルド
脚本・演出/田渕大輔

いつの話をしているのかと聞かれそうですが、星組『ジェントル・ライアー』神奈川公演は無事に全公演上演できて本当に良かったですね。おめでとうございます。
期待していた作品だけに、バウホール公演が全公演中止になったときには、チケットを持っていないにもかかわらず、とても辛かったのをよく覚えています。
またバウホール公演があれば、はるこさん(音波みのり)のチーブリー夫人もこの世の中に存在したんですよね。
紫りらちゃんのチーブリー夫人が悪かったということは全くないのだけれども、次で退団のお知らせを聞いて、余計にはるこさんのチーブリー夫人が見たかったなと思ってしまいました。チーブリー夫人はそれくらいはるこさんのためのキャラクター、はるこさんにぴったりだと思えたのです。
はるこさん……そしてみっきー(天寿光希)も。
まだしもんのゆりちゃん(紫門ゆりや)と共演していないじゃない。ゆりちゃんが専科に行ったときの唯一の慰めだったのに。
みっきーは組長になるか、あるいは専科になるかと勝手に期待していたこともあり、余計に辛かった。まあ本当にこちらの勝手なんですけど。
けれども、本人たちが決めたことですから、最後のその日まで精一杯応援したいと思います。

話が少し脱線しましたが、『ジェントル』は、なんといっても原作はオスカー・ワイルドですから、これはおもしろそうだと思ったわけで。
まあ唯一の不安要素はやはり演出でしょう。
そしてその不安は裏切られることはありませんでした。
いや、裏切ってくれていいんだよ?! タブチせんせ! 全体的にセリフが足りないよ! すかすかだよ! アーサーはいつメイベルのことを好きになったんだよ?!
主人公をロバートからアーサーに変えたのは、なるほど宝塚仕様にするためにはそれがよいだろうと思います。
だから物語の最初の事件もロバートとチーブリー夫人が起こすけれども、観客はそれをロバートがアーサーに打ち明けるタイミングで知る。
主人公のアーサーと共に知るわけだから、この変更は良かった(しかしだからこそ展開が遅くなってしまった)。
その直前にあったアーサーとチーブリー夫人の馬車のやりとりも創意工夫が感じられた。あわや、真っ二つに割れはしないかと心配したけれども、もちろんそんなこともなく。
「もうローラとは呼んでくれないのね」というのもよかったし、完敗した後、アーサーに「一緒にウィーンに来ない?」と精一杯に誘うのも良かった。

原作にあったアーサーとチーブリー夫人の腕輪の話がなかったのはとても残念だけれども、この馬車のシーンもいい2幕のアーサーの屋敷でのシーンといい、とにかくアーサーとチーブリー夫人の場面が多くなりすぎてしまうから、削られたのは仕方がないでしょう。
ええ、私はこの話がとても好きなので、悲しかったけれど。
ただこのエピソードがない故に、アーサーは別に計算高いわけでも、知恵がよくはたらくわけでもないキャラクター造形に変わってしまった。
主人公になるのだから、キャラが変わるのはいいのですが、サブタイトルにあるような「紳士と淑女のゲーム」にならなくなってしまった。
それがなんだかな、という感じです。
原作のアーサーは二枚目だけど三枚目を気取っている器用な感じの人でしたが、舞台のアーサーは三枚目だけど二枚目を気取っている不器用なキャラになり、大袈裟に言ってみれば『SLRR』のビリーのようになってしまった。
それであのサブタイトルにはちと無理があるかなという気がしました。
メイベルにうっかり「ガートルードを愛していた」と言ったり、アルンハイムの考えを「俗っぽくてゲス」と思うアーサーは駆け引き上手というよりはただの貴族のボンボン、どちらかといえば実直でさえあるような気がしました。

主人公を変え、主人公のキャラも変わったのに、主人公のヒロインとのエピソードがあまり追加されていないのももやもやします。
特にヒロインの一人メイベルを演じたうたち(詩ちづる)が素晴らしかっただけに、とても残念。
ジプシーと踊る場面はあったけれども、それだけ。
もっとアーサーとメイベルのラブが見たかったのに、チーブリー夫人がロバートに仕掛けたゲームがどうしてもメインになってしまう。
うたち、良かったわよね。しみじみ。娘役のわりに低い声もしっかり出て、歌も佇まいも素敵だった。
トミーが惚れるのもわかる。
一方でアーサーがなんで惚れたのかは、物語の中ではよくわからなかったのも残念。
メイベルも最初からアーサーのことが好きだから、なぜ?と思わないわけでもないけれども、とりあえず2幕の冒頭での歌で解消されるかな。
ただ、アーサーを主人公に据えるならもっと早くにあってもよかったと思う。
ジプシーたちに交ざって負けん気100%で最初はおどおどしながらも踊ってみせるメイベル、はちゃめちゃに可愛いじゃないですか。しかも最終的にはあのドレスでジプシーたちと互角に踊るのだからアーサーへの愛の大きさと貴族の娘としてのプライドが感じられる。好き。エターナルビックラブ。
うたち、本当によかった。あわよくばもう一枚ドレスがあっても良かった。別箱だから仕方がないのか、しゅん。でもチーブリー夫人は3着あったで。メイベルもケープ版を入れれば、3着カウントできるけど。
メイベルのキャラはひたすらに優しい。劇場に遅刻してきたアーサーを許すし、自分の恋愛を「そんなこと」といい「そんなことより今はお兄様たちが心配」ってどんだけいい子なの。
とにかく楽しそうに歌って踊って演技しているのが本当によかったよ、うたち。夢をありがとう。
これからしっかりとアーサーのしつけをよろしくお願いしますね、メイベル!
『ピガール』の新人公演はおはねちゃん(きよら羽龍)がコレット役の予定で、実施はされませんでしたが、うたちのコレットも見てみたかったな、と思いました。『めぐあい』の新公ヒロインになるかな、楽しみにしています。まだまだのびるぞ。

一方でガートルードを演じたほのか(小桜ほのか)は圧巻。芝居も歌も佇まいもすばらしい。ブラボー!
物語の骨格はメイベルよりもむしろ彼女が担っていたようにも思いますが、それも結局のところもともとがロバート主人公だった名残だったのかもしれません。
その意味で、原作から追加された婦人自由連盟の場面はアーサーが主人公なら本当はいらなかったのかもしれませんが、しかしほのかの歌を聴かせないのはもったいなすぎるという判断もわかるので辛いところ。
娘役ちゃんたちの出番を確保するためにも必要だったのでしょう。
あの曲が今でも通じるのがイヤな話ね。
「男に生まれたから〜女に生まれたから〜生きる世界が違うのは神様が決めたこと〜そんなはずはない〜♪」
この歌い出しよ。ヒロインが神を否定する。
思えばもう一つの星組『王家』もヒロインが「神は愛なのだと〜愛故に人は戦うと〜私は答える〜騙されはしないと〜♪」と神の言葉を否定します。
ガートルードは19世紀の人間だからまだわかりますが、古代の人間であるアイーダのこれは、画期的でしょう。
続く「女性の世界変えるためには男性のモラル、変えなければ」という歌詞もひたすら納得しかない。なんでだよ、今、令和やで?
かろうじて投票権はあるけれども、本当にただそれだけというのがむなしい。ただし、慌てふためく男性のターンは全く必要ではなかった。
ガートルードの曲はなぜかゴスペル調で、他の曲(といってもそれほどないけど)とのバランスはあんまりよくないようにも見えますが、これはやはりほのかの歌唱力を生かす方向での作成だったのでしょうか。
こういうのができるところが宝塚の好きなところの一つです。
物語の終盤、ロバートに言い訳するために一生懸命嘘を捻り出すところは可愛かったし、あかさん(綺城ひか理)ロバートが一緒になって体を曲げているのも可愛かったし、その後ろでアーサーもガートルードとアイコンタクトをとるために体を横に倒しているのもおちゃめだった。
この場面と冷静でいるときのガートルードのギャップがなんと愛おしいことよ! ほのか、天才!

あかさんのロバートは1幕で歌がなくて、もったいなーい!と思ったけれども、2幕の演説の歌は圧巻でした。さすが。
原作ではアルンハイム伯爵からもらった額よりも多額の寄付をすることで、罪を償っていたとアーサーに告白しますが、宝塚版はそれがなくて残念。それがあるから、なんとか許すことがでいるという側面もあるのではないでしょうか。
実際に詐欺でもうけた金を足がかりにしてのし上がってきた人間を政治家のまま据え置くっていうのはなかなか皮肉が効いていますよね……しかもそれを主人公であるアーサーが後押ししてガートルードに説得させるのだから、なんていうか悪事をはたらいてもクビにならない政治家のいる国の有権者としては砂をかむような思いです。
あかさんのひげは『ポーの一族』の新人公演のビジュアルが生きていましたね。ポーツネル男爵、あれもイギリス紳士、素敵でしたわ。
ガートルードとアーサーの仲を疑わないのは原作にもある通りでしたが、全体的に原作よりも幼く、政治家としての地位を失うことよりもガートルードの愛を失うことを恐れているように見えました。これは宝塚ならではの改変ですな。

肝心のせおっちは(瀬央ゆりあ)といえば、改変されたアーサー役にぴったりでしたね。せおっちに合わせたともいうのでしょうけれども、私は意外とせおっちの台詞回しというか台詞の言い方が好きなのかもしれません。
1幕でガートルードを説得するときの「最後まで聞いて」とか2幕でアーサーとガートルードの仲を疑うどころか笑い飛ばしたロバートに対して言う「そんなに笑うことないだろ」とか。
もちろん「夜七時以降は真面目な話を医者から止められてまして。寝言を言うようになるものですから」の言い方も好きでした。
この台詞、本当に好きなのですが、原作にもある台詞です。これから頻繁に使っていきたい。
パパの「いつも寝言を言っているようなものだろ」というツッコミはまさにその通りなのですがw、原作にはありません。
これはいい台詞の追加でしたが、他にももっと追加するところはあるだろう!と力強く思います。
冒頭で自分の写真を飾るナルシストぶりとか「一生をかけるロマンスは自分を愛するところから始まる」と原作にもある台詞とかはいい感じだったんですけどね。もっともこのアーサーがどれだけ自分を愛しているかは懐疑的になります。
俊藤の方がよほど自分のことを愛しているでしょうw
「水曜日しか真面目な話をしない」という設定、私も使っていこうと思います~!
一方で「お得意の嘘」「僕にしては珍しく本当」と言われるほど嘘つき、ライアーではないように思えましたし、ちょっと天邪鬼って程度ですよね、本当。
なぜかガートルードが好きだったとメイベルに告白した後「何もかもうまく行かない」って、あんたそれはボーターの服の人を連想するからやめなさいw しかしアーサーはキッチュにはなりきれていないように思うのです。
そしてそんな告白をする必要はみじんもなかったと思うよ、不器用なアーサーくん。
だからメイベルのしつけが必要なのか、そうか。フィプスとの関係もよかった。というかジプシーと踊るときはバリバリに踊るのに、踊った後、丁寧に猫背になるフィプスが可愛かったですw

そしてロバートの秘書を演じた新進気鋭の稀惺かずとくん。
トミーのキャラクターをよく演じていましたね。ひたすら前向きで、明るくて、憎めない感じ。飛んだよ、彼w
身体のバランスがよいのはもちろん、ソロ曲では歌唱力も発揮。めちゃめちゃ期待の新人じゃないですか!
駆け出しの頃の俊藤龍之介のような印象を受けるキャラでした。
新人公演の主演をやる日もそう遠くないように思えます。好き。フィナーレで子爵とシンメになるのも好き。良かった。
あとロバートの演説をメイベルの後ろで聞いて、メイベルが感動しているときに後ろからそっと手を肩に置くのに、すぐに邪見にされるところとかも可愛かった。メイベルとしては「感動台無しになるかやめれ」ってことなのでしょうけれども。
新しく見つけた娘役ちゃんは乙華菜乃ちゃん。夜会の黄色のバッスルドレスとジプシー4人組のときに超可愛い子がいる!となりました。これからの活躍を期待します!

ゆりちゃん(水乃ゆり)演じるマークビーは夫がいる身でありながら「レディ・マークビー」という呼ばれ方なのは疑問ですが(本当だったら「○○伯爵夫人」とかでしょう)、原作よりもうんと年齢を下げて、けれども無駄なおしゃべりが好きという設定は残し、フランス大使と浮気する設定を追加。そういうところは気が回るのに、肝心の主人公の設定の追加がないのは何なんだと思いますが、まあこれはこれでいいでしょう。
2幕冒頭で彼女とフランス大使の浮気を「ごらんになった~♪」と歌うのはさながら『風共』の「お聞きになった~♪」の別バージョンでしょう。いつの世もみんな噂が大好きなんですね。
おしゃべり好きの空気の読めない女性というのをよく演じていた、というか、まあそれほど演技力を求められない役であるのもよかったです。ぴったりでした。当て書きってすばらしい。主人公にもそれを適応させてくれ。
「お夜食を」と言い出したときは、イギリス人はすぐに食べるんだから……と『アーネスト・イン・ラブ』を思い出しました。
よく考えれば最後もガートルードがロバートとアーサーパパを誘って「先に昼ご飯を」と言っていましたね。
食べるところから始まり、食べるところで終わる。イギリス人や。
開始30分くらいで4着も着替えるアーサーもさすが英国紳士や。

さて、アーサーがいつメイベルを好きになったか問題ですが。
メイベルは夜会にアーサーが来る前からアーサーパパにアーサーを売り込んでいますから、最初から好きなのはわかるのですが、ではアーサーは一体いつ。
イギリス紳士にとって結婚は仕事ですからね、そういう意識をアーサーがもっていてもおかしくはないですが、本音のところはチーブリー夫人とガートルードの件で傷ついた心を誰も満たしてはくれなかっただけでしょう。
劇場に誘ったときにはすでにアーサーにも気があったのでしょうか。それともこの夜会のときはまだメイベルは「ワンオブゼム」なのでしょうか。
ガートルードに「あなたが本当に守りたいものは?」と聞かれてメイベルのことを思い出しますから、このあたりではかなりメイベルに傾いている様子。
2幕でメイベルと話をし終わった後「まだ肝心なことを言ってない」とか言うので、ここでは完全にメイベルに落ちていると思われるのですが、自分が約束をすっぽかしたことが契機になっているのだとしたら、それもそれで情けない男ですし。
もっとも舞台版アーサーはかなり情けないですけれども。
ガートルードとロバートを仲直りさせるために二人で奮闘する場面とかがあればわかりやすかったんだろうけど。
悶々するのよねーここは。主人公の肝心な話だと思うからさ。

さて、フィナーレも豪華でした。あかさんから始まります。
娘役ちゃんたちが出てくるところが打楽器活躍格好良い感じになっているのも好きです。
月組の『FS』は男役が出てくるところから軽快になりますよね、あの反対バージョン。娘役ずらりの曲調に迫力があるのが好きです。
衣装は『エクレール・ブリアン』のときの中詰あとのものでしょうか。私はレタス・キャベツ・白菜などと思ってしまい、野菜たっぷり健康によいね!と思った記憶がよみがえってきて申し訳なかったのですが、やはりはるこさんのダンスも見たかったところです。
せおっちだけ衣装のテイストが違いすぎるような気もしますが、THE宝塚の男役!という感じがしました。ファンにはこの上もなく嬉しいことでしょう。
そういえばポスターでせおっちがつけていた指輪ですが、私もいそいそとゴールドをつけていきました。しかしでかいな……さすが男役、女性といえども手が大きい、指が長い。私にはちょっとゴツすぎましたw

おもしろい題材だっただけに、もっと楽しく見たかったな、楽しく見られただろうなと思う作品です。惜しい。
これはもちろん役者の責任ではありません。演出やもっといえば劇団の責任でしょう。大体1幕が退屈なんだよ、2幕もアーサーがゲームに加わるのが遅すぎるんだよ……。
だからこそ、ジェンヌの皆様に感謝しかありません。ありがとうございました!