ゆきこの部屋

宝塚やミュージカル、映画など好きなものについて語るところ。

宙組『カルト・ワイン』感想

宙組公演

kageki.hankyu.co.jp


ミュージカル・プレイ『カルト・ワイン』
作・演出/栗田優香

「狂乱のオークション~♪ 過激なイリュージョン~♪」
いきなりですが、私はお酒は一滴も飲みません。
ビールもワインも日本酒も焼酎もブランデーも一切飲みません。体質的に飲めないのです。
飲むと頭がくらくらして気持ち悪くなってそのまま寝ます。起きているときから考えると「気の毒なくらい静かに」なるそうです。
アルコールがなくても酔っ払いと同じテンションで話ができるのは私の良いところです。

さてそんなわけで私はワインの知識は一切ないのですが、もっと知りたい!と思う程度には面白かったですよ、2日目の『カルト・ワイン』。「女を口説かないイタリア男」の名をほしいままにしていたかつての職場の上司を思い出しました。あの人に見て欲しい。もう梅田で見るのが楽しみで仕方がありません。
よく考えれば、絵画や骨董品などと比べて飲んだら消えてしまうワインになぜそんな価値を見出すのかわからないし、どうしてそんなにお金をかけられるのかとも思いましたが、「舞台もまた形には残りません」とプログラムで栗田先生にバッサリ切り捨てられましたね。痛いところを突かれた〜!
そうだよね、ヅカオタは基本的に映像が残ると過信している部分がありますが、生でなければ感じられない雰囲気は確実に存在します。福利厚生は豊かな方ではあるけれども、それでもね。
思い出させてくれてありがとう、栗田先生。感謝しかねえな。

ずんちゃんも(桜木みなと)、ずんちゃんをご贔屓にしている方々も本当に良かったですね。ようやく主演作品に恵まれましたものね。おめでとうございます。
なんなら前回の作品ではなく、今回の作品をスカステ20周年記念で円盤化して欲しいくらいじゃないですか。少なくとも私はそう思ってしまいましたよ。すいません。
もえこ(瑠風輝)も堂々の2番手でしたし、あーちゃん(留依蒔世)も『夢千鳥』に引き続き栗田先生と2作目、存在感を放っておりました。私の見たときはちょっと台詞が回らないところがありましたが(魔の二日目ってやつかな)、なんのそのです。フィナーレまでにはしっかり挽回するのがプロですね。
プログラムの第1幕第1場Aのみ、名前がずんちゃん、もえこ、あーちゃんの並びになっていたのは、そんなのありか!?と思いましたが、番手を明確にさせることが宝塚では必要でしょう。ファンにもありがたい。
ヒロイン枠には専科の五峰亜希という大物と並んで宙組からは春乃さくらちゃん。『ネバセイ』の新人公演ヒロインでしたね。
あんまりラブを追求する話ではありませんでしたが、それも生きるのに必死という暮らしをしていたためでもありましょう。ほのかに、ずんちゃん、もえこ、さくらちゃんで三角関係があり、別箱なら私はこれで充分かなと思いました。ラブを求めている人にとっては物足りないかもしれません。
例えば、シエロとアマンダが再会して2人でワインを飲むシーンなんかは台詞だけでなく場面が欲しいかなと思うかも。
あと、あえて足りないと思うところがあるとすればフリオの妹、モニカの2幕の出番がなかったことくらいですが、まあいずれにしても瑣末なことです。私はてっきりモニカもシエロに気があるのかと思っていたわ。
そして五峰ミラとシエロのソファでのやり取りは思わずオペラでガン見しちゃったよね、すごい色気だったよね、2人とも。なんか私までドキドキしちゃったよ。
正体を見抜かれて不快になったシエロが自分を抱かないかもと一瞬思ったミラのつまらなさそうな顔から、しっかり自分の思った通りになったときの魔女のような笑みに切り替わるところをばっちり見てしまって、あわわだった。なぜ、私が……。しかし五峰さん、少し歩きにくそうなのが気になりました。

開演アナウンスは、幕が上がって風色くん(風色日向)のオークショニアが合図をし、音楽が鳴り、役者が出てきてから。風色くん、なぜかオークションハンマーがよく似合う。
2幕も緞帳の上がり方はほぼ同様で、かろうじて休憩時間の終わり頃からかかっている音楽と共に急に幕が開き、椅子が並んでいる舞台が見える。
個人的には無音で幕が開くのはハラハラしてしまい、なぜそのタイミングで幕が開いたのかとか気になってしまうタイプなのですが、それ以外のところではもうずーっと音楽が鳴り響いているようなイメージ。いつも誰かが歌っている。THEミュージカルって感じでした。
圧倒的なコーラス力を感じました。
そういえば、2幕の初めは『不滅の棘』も幕が上がっていましたっけ……?

『翼ある人びと』でブラームスベートーヴェンの音楽について「必要なものが全部あって、いらないものがない」と言いますが、まさにそんな感じの脚本で、これで2作目とは恐ろしい人です、栗田先生。
指田先生も『冬霞の巴里』が2作目とは末恐ろしいと思いましたが、栗田先生も同じです。この2人が大劇場デビューしたに日は一部の男性演出家なんかは本当に居場所を失うレベルですよ。
最初にシエロが逮捕される場面をもってくるのがもう秀逸なんですよね。まるで映画のようでもある。それで、これまでのあらすじみたいな感じで1幕が始まる。逮捕されるまでの栄光の道のりを観客は安心して楽しんで見ることができる。観客にやさしいタイプ。
シエロは世界一天国に近い国ホンジュラスでマラス(マフィア)の一員として生きているが、実際に人を殺すことはできない優しい心の持ち主で、友人のフリオの家が税金を滞納していることをかばっている。
ただ、抗争が激しくなり、とうとう庇いきれなくなったところでフリオの父を殺せと言われ、でもやっぱり殺せなくて、フリオとその父と妹と4人で自由の国アメリカを目指す。
亡命している最中も、シエロは川で溺れた人間を助け、根っからの悪人ではないことが示されますが、刺青を見れば周りからは敬遠される。
そもそもなぜシエロがマラスの一員になったのか、作中では語られていませんが、これもそもそもフリオの一家を守るためだったのかもしれません。
もちろん本人に居場所がないことも手伝ったことでしょうが、決め手はフリオにあったのではないかな、と思います。ホンジュラスにいたときはマラスになることを勧めていたものの、シエロはアメリカに着いて以降、フリオだけは気質の道を歩んで欲しいと思っている様子が伺えますし。おそらくそこには「家族がいるフリオにはせめて真っ当な道を歩んで欲しい」という思いがあるのでしょう。シエロの家族については作中で語られませんが、おそらく血の繋がりのある人がシエロにはいないと思われます。だから多少無理も効く、と自分では思っているのでしょう。
シエロは優しい。メキシコのフードフェスティバルでも酔っ払いに絡まれているアマンダを助けるし、カミロになってからもいかにも上から目線の男性に絡まれるアマンダを助ける。
2回も助けられたらそりゃアマンダだって惚れるよね。そもそも、自分が6歳の頃から飲んでいるワインの味について、神の与えたもうた舌をもってあっという間に自分を凌駕していくシエロを、気にせずにはいられないでしょう。これもよくわかる。
でもシエロはアマンダとは一緒になれないと思っている。住む世界が違う上にアマンダはフリオが惚れている相手だから。初めからシエロは相手にしていない。残酷だな!

シエロは優しいだけでなく賢い。
フリオに「幕引きは自分で決める」と言うように、偽造ワインで金儲けをすることがいつまでもできることでないとわかっているし、ミラに正体を見破られたときもチャポに早速連絡して、潮時であることを示唆する。しかしチャポには相手にされず、続行を命じられたシエロは、今までの儲けをチャポの手の届かないところに隠し、その隠し場所を記した十字架(フリオパパからもらったもの)をフリオに託して、疑惑の目を向けられつつもオークションに向かう。
この十字架を託したときはアレですね、『メランコリック・ジゴロ』の母親のコンパクトを思い出しましたね。刑務所の面会でやっぱり〜!となりましたよ。
シエロは賢いから、裁判でもチャポの名前は出さない。フリオはチャポの名前を出しさえすれば、シエロの罪は軽くなると思っている。だからFBI捜査官に「妹の手術代6万ドルを肩代わりしてもらった」話をするのでしょう。
しかしチャポの恐ろしさはそんなものではない。名前を出そうものなら、犬と一緒に屠殺処分されてしまう。それならいっそ刑務所の方が安全だと考えるシエロは賢い。
勉強ができるできないではなくて、処世術があるというのかな。そのあたりもチャポは初めから見込んでいたのかもしれないな。ただ偽造ワインを作る天才なだけでなく、華もあり、表舞台で活躍できる人材だと。だから6万ドルは安いと思ったのかも。それに比べたらオーダーメードのスーツも安いものでしょう。
チャポが足抜けしてペットショップを軌道に乗せるまでの話もいっそ見てみたいくらいです。

「生きるための悪は裁かれるべき悪なのか?」という主題はみんな大好き芥川龍之介の「羅生門」の老婆の主張につながるところがありますが、現行の「羅生門」が「下人の行方は誰も知らない。」とかいうスッキリしない終わり方に対して、『カルト・ワイン』はめちゃめちゃスカッとする。
やーい!チャポにもまんまと一泡吹かせてやったぜ!ってなる。
初版の「羅生門」は「下人は、既に、雨を冒して、京都の街へ強盗を働きに急ぎつつあった。」はスカッとはするものの、一方で盗賊の首領にバッサリ斬り捨てられる残念なエンドが予想されるのに対して、こちらは10年我慢して刑務所にいれば、大金と友人が待っていますからね! これはもうハッピーエンドといっても過言ではないぜ???

羅生門」において老婆の主張はもう一つありました。「悪人には悪事をはたらいてもよい」というものです。
オークションに参加するワインコレクターたちは悪人なのでしょうか。
ミラが専務となったオークションの会社(ゴールデンなんとか)は闇オークションという印象は受けませんでしたが、お客さんの中には実際に女を侍らせてニヤニヤしている人もいましたし、高いワインを買って虚栄心を満たそうとする人もいました。
ロクなことで稼いだ金でないならば、詐欺に遭っても仕方がないと思えるでしょうか。
シエロは、そのあたりはシビアで、実際に自分のワインを買った店は人がたくさん来て、儲かったではないか、自分のワインを買って虚栄心が満たされて満足したのではないか、と裁判で言います。
このあたりはやはりホンジュラス育ちというところが表れているのでしょう。「自己責任」とは言わないけれども、比較的それと近いことを言う。政府とか国のやることにハナから信頼がない。信じられるのは自分とフリオだけ。チャポでさえ信じていないものな。
そこは非常に現実的なんだよなあ。人なんてすぐ死んでしまうって心のどこかで思っている感じがある。最初にチャポに対して「夢を見るのが夢」と語るくらいには明日の暮らしに悩まされてきた少年時代だったのでしょう。
かといって、刑務所に入っても反省する気配はなさそうですので、シエロの人間像としては理想的になりすぎず、かといって荒みすぎることもなく、いい塩梅だったかな。
ずんちゃんはプログラムやチラシの白いストライプ入りのスーツも着こなすし、メキリカンな派手な色のシャツもよく似合うし、刑務所のオレンジのつなぎまでしっかり見せるのだから、何事!?となりますよね。
ずんちゃんのファンのお財布と通帳が心配になります。最近そんなのばっかりですわ。

もえこフリオもものすごく丁寧に作られている感じがして良かった。
シエロがマラスに入ったことに対して文句は言わない、けれども自分は絶対に人の道を外さないと決めている。もしかしたらシエロがマラスに入った理由も自分のためだとは思っていないのかもしれません。
料理人の息子だからシェフになる夢は描きやすかったのかもしれませんが、それでも味覚はシエロの方が確かで、そこにほのかなジェラシーも感じる。
だけどシエロは大切な幼馴染だし、父も妹もシエロを大切にしている。フリオ自身もシエロといれば向かう所敵なしの気分になることができる。
シエロが苦しければ自分も苦しい、離れようと思えば離れられるほど遠い関係性でもない。まるで兄弟のような。
アマンダがシエロを気にかけていることにも気がついている。だからアマンダに結婚を強いることもできない。アマンダの気になる相手がシエロでなくてもフリオは無理強いはしなかったでしょうが、相手がシエロだからこそ余計に強くは言えなかったのでしょう。切ない。
シエロとアマンダがキスをするのを見て、フリオはどちらに嫉妬していたのでしょうね……アマンダはフリオの店でソムリエをやるかもしれないけれども、結婚はしないのかな。それともシエロの偽造ワインを見抜けなかったことを受けて、ソムリエを辞めてしまうかな。
10年後の楽しそうなシエロとフリオは想像がつくけれども、アマンダがどうしているのかは、私にはいまいち想像できませんでした。アマンダの妹もどうなっているのでしょう。あまり出番がありませんでしたが、エバがフリオのことを好きだとおもしろいなと思いました。
ミラはきっと、飽きもせずオークション会社でめきめき働いていることでしょう。詐欺事件を受けて多少の降格はあったかもしれませんが、ばりばり働いている姿が想像できます。
たとえシエロが捕まったとしても、オークションにおいてワインの値段は暴落しない。カミロ・ブランコなど最初からいなかったかのように、今日も今日とてオークション会場の紳士淑女はオークショニアのハンマーに踊らされながら札束で殴り合いをして、欲しいものを手に入れる。
この世界観の描き方、栗田先生の視点が光っています。スタオベするわ。

フリオの妹のモニカは美星帆那ちゃん。抜擢でしょうか。105期生です。2幕にももう少し出番があると良かったですが、病弱な妹、けれども体調がいいときはハキハキしているし、言いたいこともしっかり言う。可愛かったなあ。
1幕での強盗に襲われて、フリオの腕に戻ってきたときの「兄さん!」はたまらなかった。
2幕はもっぱらバーテンの格好をしたコロスやオークションの淑女として登場。しっかり見つけましたとも!
そしてフリオの父のまっぷーさん(松風輝)。本当に良い仕事するわね……『サパ』の母親役もすごかったけれども、今回の父親役もものすごく良かったです。
2幕はワインコレクターとして出てきますが、1幕の父親がすばらしすぎて、思わず幻想を追いかけてしまいました。

下級生娘役は他にも風羽咲季ちゃんのFBI捜査官、金髪ボブ、パンツスーツ姿が格好良かったです。台詞もあったし、めでたい!
アメリカ人女の子もキュートでした。アメリカ人女とは区別されてプログラムに書いてあるのは興味深い。
フィナーレでは下手にいらっしゃり、上手にいた私からは少し遠かったですが、無事に発見できました。満足。
フィナーレといえば、今回は『夢千鳥』とは違ってわりとフィナーレの尺が短めでしたが(前が長かったともいうが)、芝居の終わりにずんちゃんももえこも舞台にいて、「これは『夢千鳥』同様、あーちゃんから始まるのか?」と思ったら、ずんちゃんがしっかり着替えて、『NZM』でだいもんが肩から掛けていたふわふわとともに登場。『ほんものの魔法使い』もそうでしたが、無理に早着替えをさせなくても、と個人的には思いました。まあ、ファンは嬉しいに違いないけどね!

調べてみると、シエロのモデルとなったルディ・クルニアワンは2012年に逮捕、翌年懲役10年を言い渡され、実際は7年で刑務所とおさらばしています。2020年11月に出所しているんですね。
結構最近の話なのね、と驚きました。だから今でもワイン業界には、彼が作った偽造ワインが流通している可能性が充分にあるし、ドキュメンタリーなどもこれから作られることでしょう。
すでに2016年にはイギリスで映画『すっぱいブドウ』(原題:「Sour Grapes」)としてフィクションのモチーフにされているとか。こちらも見てみたいところです。

そして魔のぶりりあちゃん。今回も一階席上手後方。前回の『バイオーム』とは異なり、床に座って演技をする機会も少なかったせいか、役者の声がはっきりと聞こえました。音響にこだわっている、とまでは感じられなかったけれども、可もなく不可もなくというところかな。
しかし、ぶりりあちゃんでここまで聞かせるためには、他の劇場では考えられないほどの工夫がされているのかもしれません。
とりあえず今まではそれほど悪い席に当たっていないのでなんともいえませんが、悪名はとっとと改善したほうがいいと思いますよ。
ちなみにお手洗いの導線が悪すぎるという話も聞くので、お手洗いはぶりりあちゃんでは行かないように事前に済ませてから向かいました。実際どうだったのかは、幕間に客席にいたのでわかりませんが、改善されているのでしょうかね。