ゆきこの部屋

宝塚やミュージカル、古典文学など好きなものについて語るところ。

『源氏物語』「絵合」についての一考

前回は『伊勢物語』だったので、今回は『枕草子』とも思ったのですが、『源氏物語』です。
宝塚では何度も上演されていますが、ここでは最新の花組公演の情報を貼り付けておきます。

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今回お話する「絵合」は芝居の中にはないのが残念ですが、時間が限られているので、それも仕方がないでしょう。
東下り」の渡し守の件は夫と意見が分かれるのですが(分かれることの方が圧倒的に多い)、この『源氏』「絵巻」に関する意見は本当に珍しく夫と意見が一致するところです。
ざっくり『源氏』「絵巻」のあらすじをば。
亡き六条御息所の娘(斎宮女御・秋好中宮)が冷泉帝に入内。
先に入内していた弘徽殿の女御と後宮を二分し、帝が好きな絵で対決することになる。
ちなみに弘徽殿の女御の後見はかつて須磨まで源氏を訪れてくれた頭中将というところがなんとも。
最終的に秋好中宮の絵が勝利する、という流れ。
 
問題はここに出てきた絵。
 
最初に絵の対決をしたのは帝の前ではなく、藤壺の前でした。
秋好中宮側が『竹取物語』、弘徽殿の女御側が『宇津保物語』。
それに対して外野は、やれ絵は誰が書いたのか、やれ書は誰が書いたのか、やれ表紙は何色か、いろいろ言っていくわけですね。
ちなみに『宇津保物語』の絵に関しては「今めかしうをかしげに、目も輝くまで見ゆ。」(現代風で、派手で、見た目にも美しく、目もまばゆいまでに見える。)と評価されています。
『竹取』は「そのことわりなし。」(反論の決め手がない。)とちょっと味気ない評価。
 
次に秋好中宮側が『伊勢物語』、弘徽殿の女御側が『正三位の物語』。
紫式部に先見の眼があったなと思うのは、後者が散逸して現存していないのに対して、前者が残っている、ということですかね。
人間はやっぱり知っているものと知らないものが並んだら、知っているものを贔屓しようとするじゃないですか。
特に古典を専門的にやっていない現代の人間からすると『伊勢物語』と『正三位の物語』が対決したと聞いたら、前者に軍配をあげると思うんですよね。
正三位』については「おもしろくにぎははしく」(おもしろく派手で)と描写され、とにかく弘徽殿の女御側は「おもしろく」「派手」「現代風」というのがポイントになってくる。
なんていうか、清少納言が好きそうな感じですな。
一方で秋好中宮側は『竹取』『伊勢』と並ぶところを見ると「古代回帰」というところがポイントになってくるかと。古典趣味というか、古風というか、高尚というか。
で、決着がつかない。
 
仕方がないので、冷泉帝の御前で対決することになる。
しかし、その前に「かかる事もやと、かねて思しければ、中にもことなる選りとどめたまへるに、かの須磨明石の二巻は、思すところありて取りまぜさせたまへり。」(帝の前で勝負することもあろうか、とかねてからお考えであったので、多くの絵の中でも特にすばらしいものは選んで残してお置きになっていたが、あの須磨と明石の二巻は、お考えになるところがあるので、そこにお加えになっていた。」)とある。
「思すところありて」っていやらしー!
あと朱雀院が秋好中宮に一生懸命絵を送るのがけなげです。
義弟のいやらしさとは全く異なる。
もっともこのあと、「もっと自分の御代が続いていたらなー」とか「秋好中宮のことが忘れられないなー」とかそういうところは大いに未練ったらしいのですが。
言葉は悪いけれども女々しい、という印象ですかね。
 
源氏が「思すところ」があった通り、自分が須磨、明石に蟄居していた頃に書いていた絵を、デデーン!と出す。
蟄居していた頃に描いていたということから、当然華々しくはない。
派手ではない。ぱっと目を引くような新しさがあるわけでもない。
けれども源氏はこれを高尚古典趣味の延長として秘蔵とする。
 
これって脅しだよね?というのが夫との共通見解。
 
当然、都人たちは須磨や明石なんて行ったことはない。
どんなにかわびしく淋しく悲しい退屈でつまらないところなのか、絵をもとに想像するしかできない。
今、目の前にいるこんなに輝かしい源氏の君が、こんなにわびしいところにいたなんて……と涙を誘う。
でも源氏の腹の中は違う。
 
「覚えているか? お前らは、弘徽殿の大后(朱雀院の母)に忖度して、俺を見捨てて、こんなところに追いやったんだぞ、忘れていないよな? 忘れるなよ? 忘れさせないぞ!」
 
これ、脅迫以外になんていうのか、私は知らない。
この源氏が描いた絵は、それまでの絵と異なり、プロが描いたわけでもないし、正式な絵日記でもないし、言うちゃなんだけどちょっと絵のうまい素人が手慰みに描いた非常に私的な絵なんですわ。
けれどもこの絵にみんな感動してしまって、最終的に「左勝つになりぬ。」となる。
源氏が主人公である以上(そしてもう須磨明石への蟄居というひどい目にもあっているので)、そりゃ秋好中宮側が勝つだろうと思われるのだが、いくらなんでもこの勝ち方は怖い。
これは政治的脅し以外の何物でもない。
 
この絵に関しては先ほどの絵とは異なり、具体的な議論はされず、なんていうかもう感情的になった流れで勝ったのでは?とさえ読める。
まあ判事が率先して泣いているくらいだしな。
そりゃ客観的な判断はできなかろうという気もしなくはない。
それくらい周りを圧倒するすばらしい絵だった。源氏のつらい過去をみんなで忍ぶ絵だった。
 
繰り返しになるけれども、でも源氏にとってはそうではない。
「お前らのせいで、この俺がこんなわびしいところにいたこと、ちゃんと覚えておけよ? なんかあったら同じ目に遭わせてやるからな^^」という腹である。
生まれたときから両親以外から全く祝福されなかった呪われた子供だけはあるな。
本当に怖い。背筋凍る。
「絵合」によって冷泉帝からの秋好中宮への寵愛も盤石になり、ここから源氏はトントン拍子に出世していく。
いわゆる政界制覇ってやつですね。
 
あー本当に怖い男だよ。源氏って。
男なら、私はやっぱり若かりし頃の頭中将の方が好きだなー。