ゆきこの部屋

宝塚やミュージカル、古典文学など好きなものについて語るところ。

月組『桜嵐記』感想3

月組公演

kageki.hankyu.co.jp

ロマン・トラジック『桜嵐記(おうらんき)』
作・演出/上田久美子

感想1と2はこちら。

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今回はBlu-rayが届いて、改めて考えた正行の言う「日の本の大きな流れ」について考えてみました。
感想というよりは考察に近いかもしれません。長いです。7000字超えています(白目)。

1、はじめに
月組公演『桜嵐記』において、物語の序盤で「己がなんのために戦うかを、知るために戦っております」と述べた主人公・楠木正行は、やがて「日の本の大きな流れ」のために戦うという答えを見つけ出す。
けれども、話の展開としてはいささか唐突に思えた人もいるのではないだろうか。
もっとも、トップスター・珠城りょうのサヨナラ公演であることを考慮すれば、この台詞は「宝塚の歴史」という「大きな流れ」に、トップスターとして名を刻むという事実につながるだろうことは、それほど想像するのは難しくない。
メタ要素満載の解釈だが、宝塚歌劇団はそれが許される場であるとも考える。
しかし、本当にメタ要素がなければこの「日の本の大きな流れ」は解釈できないのだろうか。

一方で、メタ要素なしで「日の本の大きな流れ」のために戦う、ということを考えると、ナショナリズムにつながってしまうことは容易に想像がつく。
実際に、後醍醐天皇のために命をかけて戦った楠木正成は、太平洋戦争中、天皇への忠義を示す理想の人物像として多くの人に共有された。
ただし、本作はその後醍醐天皇を殊更醜悪に描くことによって、作品全体がナショナリズムと結びつくことを見事に回避している。
『神々の土地』のラスプーチンに勝るとも劣らない怪演ぶりを披露した一樹千尋後醍醐天皇のために命を懸けて戦うことは、むしろ馬鹿らしくさえある。ナショナリズムもへったくれも、あったものではない。

だからこそ、メタ要素なしで「日の本の大きな流れ」を考えるときには、ナショナリズム以外の答えがあるのではないか。
作中には他にも、北畠親房が「帝のための働きはこの日の本に生かされし全ての者の勤め」と言う。
では、これは正行の考える「日の本」と同じなのだろうか。いや、違うものだろう。
ここには「帝がいるから国がある」という、ルイ14世の「朕は国家なり」ばりの思想が透けて見えるが、「誰も同じ人であろう」という正行が同じように考えているとは思えない。
さらに饗庭氏直は「今の日の本は、武士の力なしではたちゆかない」と言い、武士の優位性を語る。
しかしこれもまた、正行の見ている「日の本」ではなかろう。
そこで、今回は「日の本の大きな流れ」とは何なのか、改めて考える。


2、国の前に人がいる
大々的に問題提起しておきながらアレだが、正行の言う「日の本」は「人々の集まり」である、というのが私の考えだ。
「人々の集合体」「共同体」ともいえるだろう。ここで言う「大きな流れ」は「小さな流れ」の集合体なのだ。
正行は「一人では生きていけない人間が集まって暮らすことで共同体ができて、名も無き人が生きている時間の流れが国の礎になる」と考えているのではないだろうか。
「国ありき」ではなく、あくまで「人ありき」と考えていることに大きな特徴があり、親房との違いである。
以下にその理由を挙げる。

(A)演出
まず、正行が「日の本の大きな流れ」のために戦う、とずっと探していた戦う理由に気が付いたときの演出に着目したい。
作品の登場人物がほぼ全員出てきて、ぐるぐる上手側と下手側でそれぞれ円を描きながら、人によっては八の字に歩き回る。時代のうねりのようでもある。
これは、公家も武家も民も全部まとめて、こうした人々がいるからこそ国ができるという考えの反映ではなかろうか。
肝心の正行は、円から離れ、舞台の真ん中で苦悩し、煩悶する。
後醍醐天皇北畠親房後村上天皇、尊氏、師直といったあらゆる登場人物が彼に語りかけるが、それらは見事なまでに自分のことしか考えていない発言ばかりだ。
それに対して正行は「じゃあかしい!」と大きな声を出す。
続く台詞の中には「流れに飲まれ泣く民」「恨みに飲まれ死なんとする娘」に会ったことが語られるが、これはそれぞれジンベエと弁内侍のことだろう。
正行には国を形成する人間の「顔」が見えている。「個人」が特定できている。正成が助けた近在の百姓たちに正行たちは助けられる。個人の繋がりが信じられる作品になっているのだ。
その「個人」のために、もっといえば「個人」の幸福のために「国」が存在するはずだと信じているからこそ、正行は「大きな流れ」のために戦えるのだ。

(B)楠木の歌
作中に何度も登場する「楠木の歌」は、正成から連なる楠木一族を象徴するものである。
ここで注目する歌詞は「みんな木の下集まれば 地震 大雨 怖くない」の部分である。
「木」はもちろん楠木一族のメタファーであるが、この「みんな」というのがポイントだろう。
地震」「大雨」といった自然災害にも「みんな」で対処すれば「怖くない」と郎党たちは歌う。
人間は一人では生きていくことはできない。「みんな」で生きていくことが素朴に歌われている。
自然災害に対して「あいつは嫌いだから仲間外れにしよう」という発想はここにはない。
そもそもコンクリートのない時代、そんなことをしたら自分まで害を被るのは火を見るより明らかである。
ここでもやはり、人々がいるから国ができるという「人ありき」の意識が見え隠れしよう。
加えてこの歌は北朝軍を助けたときに初めて歌われ、敵軍でさえも「木の下」に集まる「みんな」の中に入っていることを示す。
ここで助けられた兵士たちが、物語りの終わりの方で、援軍に来たときにも歌われることから、敵軍であろうとも間違いなく兵士たちも「みんな」に入っているといえるだろう。
正行の回想の中で正成もこの歌を歌う。3人の子供を連れて賀名生に来たときのことだ。
ここで正成は「儂らは、あのように日がな野良で働かずとも、民の作った米を食う」「民がのう、この乾飯食わしてくれたんや」と言う。
人々がつながり合って生きていることを、正行は父親から身をもって教わっているのだ。
正成は「根っこ伸ばし 葉っぱ広げ」と歌う。何のためか。「みんな」を「木の下」に入れるため――つまり、より多くの人々を自然災害や戦の被害から守るためだ。
正儀は、父が「新しい世を作る夢持ったから」後醍醐天皇を助けたというが、それは必ずしも正成の考えと一致しているようではないし、自分が楠木の長になったことで、本人もそれを感じたことだろう。
以上のことから、正行の意識には、「人々が支え合って、助け合って、そのとき初めて共同体ができる。その共同体が国になる」という意識が間違いなくあるといえる。

(C)目の前の人間への思い
作品の中で正行の情けは常に具体的な目の前で苦しんでいる、悩んでいる人々に向けられる。
例えば、弁内侍に会ったときには「人を身分で分け、決めつけるあなたのお考え、某は肯いかねます」と言いながらも、彼女を吉野まで無事に送り届ける。
意見が違う相手を切り捨てず、助ける。
弁内侍が南朝の公家だから、という理由もあろうが、「誰も同じ人であろう」と言う正行は、たとえ相手が敵だったとしても、なんとか相手が無事にあるべきところに帰る手はずを整えたのではないだろうか。
さらに北朝の雑兵たちを助けるときも「食うに困り、刀を握ったこの百姓どもに、南朝北朝もない」と言い、人が生まれながらにして平等であることへの認識の深さを示す。
「血を怖がる」ジンベエが武士になりたいと言ったときも血を見ないで済まないように弁内侍の護衛役を任ずる。
「旦那のため働きたいから、武士になる!」というジンベエの言葉は、正行が「具体的な」「目の前の」「顔の分かる」「個人」のために戦っていることの写し鏡のようである。
正行は、南朝の勝利が村を焼くことや人々を死なせることにつながるなら、それを必ずしも望まないのだ。
人々が苦悩する、不幸になる、いがみ合う、そういう世界を正行は望まない。


3、他者を人扱いしない人たち
ここでは、正行とはうってかわって目の前の人間さえ横暴に扱う人々について見ていく。
あくまで自分が中心となり国や周囲の人間を動かそうとする人たちである。
作品にこういう人たちが出てくるからこそ、正行の思想・行動が引き立つ仕組みになっている。

(A)高師直
作品の中でキング・オブ・外道をまっしぐらな高師直。正行ともっとも対照的といえる人物だ。
帝の姪である祝子が直々に、震えながら参上し、お願い事を述べるのに対して、「裸身をさらしてみよ」という師直は、もはや人を人と扱わない最低野郎である。
師泰の登場退場を挟み、話が目前で震えている祝子に戻るかと思えば、そうではない。
話題は弁内侍がさらっていく。
自分のせいで恐怖におののいている女性を目の前に、騙して呼び寄せる他の女性の話をする。
もはや罪深いというよりは、ただの下衆野郎である。
楠木一族を訪問したときも、彼の百合を見つめる目つきはひたすらにいやらしい。
ただでさえ百合は父親が南朝を裏切ったことで苦悩し、正時との将来について涙なしでは考えられない状態であるにもかかわらず、さらにセクハラ野郎に下心のある視線をむけられたらたまったものではない。
このように師直は徹頭徹尾、女性を人扱いしない。
そんな師直に見えている「国の在り方」が正行と同じであるはずがない。
師直は尊氏に恩賞方の長に任じられる。「褒美を保証してやることこそが、全国の武士を将軍に従わせる礎となります」と言う。
つまり、彼の考える国には武士(男性)しかいない。
だからそれ以外の人間に対してことごとくひどい扱いができるのだ。
そんな彼が四条畷の合戦で正行と対峙しないのは、作品の構造上、当然といえるだろう(この作品のもっともひどいところで、もっとも優れているところだと考えている)。
大将同士の一騎打ちはドラマをしては盛り上がるが、そもそも師直は正行と対等ではないのだ。

(B)足利尊氏
上記の師直を恩賞方の長に任じる尊氏はどうだろうか。
彼が周りに侍らせている花一揆について、高兄弟は言及しない。
ちなみに、足利尊氏が主人公である大河ドラマ太平記』でさえも、存在はちらりと出てくるけれども、「花一揆」という言葉さえ出てこない。
これは、尊氏の美点にとって花一揆の存在が瑕になるからではないだろうか。
その花一揆について、作中で正儀は「尊氏が美しい若武者ばかり集めた」とあてつけのように言う上に、「嫌な気ィが漂うとる」とまで言う。
楠木三兄弟に会ったときも「美しゅう長じたものよ」と言う。
これは、師直の百合に対する「可愛い女房じゃのう」と何も変わらないのではないか。
もちろん師直の女性に対する好色との対比もあろうが、対象が若武者であれ、女性であれ、「人を区別する」という点において、尊氏と師直は変わらない。
そして、これは「誰も同じ人」と考える正行とはやはり対照的な態度なのだ。

(C)後醍醐天皇
後醍醐天皇の描き方はナショナリズムと決別するために醜悪であったことは冒頭で述べたが、日野俊基、高畠顕家、楠木正成の死に方を見てもなお「そちらの死は無駄にはならぬ」と言う。
いや、みんな無駄死にだっただろう、とツッコミを入れたくなる。
天皇である自分のために武士が死ぬことを何とも思っていないばかりか、当たり前かのように考えている。
まさに「朕は国家なり」ゆえの暴挙である。そして、後醍醐天皇の考える国には公家しかいないのだ。
作品の冒頭でも「政はすべて天皇に連なる公家が行うべきだ」と考えていたことが、老年の男性によって、語られる。
後醍醐天皇ははっきりと公家と武家を区別し、公家一統の世界を望んでいる。
この世界の中で正行を含む武家は、虐げられるばかりだ。
「褒美もない、武士が公家のために武士が働くんは当たり前」という状況は、当然武家の不満しか呼ばない。
後醍醐天皇が「誰も同じ人」と考える正行と同じ国の在り方を見ていないのは、もはや自明のことである。


4、弁内侍の場合
最後にヒロインである弁内侍について考える。
弁内侍は家族を武士に殺された過去がある。
家族を殺した武士をさぞ恨み、憎み、仇を討ちたいと思ったことだろう。
しかし、その憎悪は年月とともに醸成され、やがて武士個人ではなく、武士全体を憎むようになり、「武士など信じませぬ!」というにまで至る。
そこに高師直からの誘いの手紙がやってくる。
偽の手紙だとわかっていてわざとおびき出されたのは、相手が武士である。
しかも、相手が高師直という力のある武士であったことは、弁内侍にとってはむしろ幸運であっただろう。
師直が公家の女に寝床で殺されたとなれば、武士全体に動揺が走るのは間違いない。
たとえ自分が殺されることになったとしても、弁内侍にとって、武士全体を揺るがすことができることは、そのまま武士への復讐となる。
彼女は牛車の中では武士への憎しみを煮詰め、師直に与える渾身の一撃を何度もシミュレーションしたことだろう。
このように、登場時の弁内侍には個人が見えていない。あるのはただひたすらに武士への恨みだけだ。

けれども、正行と過ごすうちに純度の100%の憎悪は次第に溶解されていく。
最終的には武士である正行との結婚まで夢見るようになり、帝や中宮の前で今までのとげとげしい態度が嘘のように「…は」と蚊の鳴くようなはかない声で返事をするにまで至る。
正行を「武士」というくくりでなく、「個人」として認識した証だろう。
正行が考えた「日の本の大きな流れ」の一人であった弁内侍は、自身もまた、正行を個人として認めたのである。
さらに、これは少しこじつけがすぎるような気もするが、妙意輪寺の庭で「こんな花は、無数の命が燃え立つように見えます」という弁内侍の台詞は、一人ひとりの命で世界が成り立っていることを意識しているようにも見える。
それに対して正行は「美しい春よのう」と答える。
「国」が「無数の命」によって成立しているのと同じように、「美しい春」は「無数の花」によって成立しているのだ。
これはどういうことか。つまり、弁内侍は正行と同じ世界を見ているということだろう。
ちなみに余談だが、Blu-rayのこの場面、弁内侍の最後の「はい」という返事の声の揺らぎ具合が、本当に見ている者の涙を誘います。あの返事、すごい。


5、おわりに
以上に見てきたように、「日の本の大きな流れ」はメタ要素だけで解釈できるものではないし、ナショナリズムや忠義、忠誠心と結びつくものではない。
人は一人では生きていけない。人として生きていくために他者と協働する必要がある。
人を区別せず、より多くの人と協力し、平和を目指そうとする正行にとって、「日の本」とは人間の集合体に他ならないのだ。楠木が南朝を見捨てたら、南朝北朝によって見るも無惨な形で惨殺、壊滅させられるだろう。「里を焼かず、民を死なせず」の語に集約されているように、正行にはそれができない。
目の前にいる、顔の分かる、具体的な、かけがえのない個人、その人たちが平穏に衣食住を全うすることが、正行の望む「日の本」である。
公家は公家として、武家武家として、民は民として、それぞれの違いはあるものの、争わず、無駄に死ぬことなく、慈しみ合って、支え合って生きる。「ジンベエ」のように文字の表記さえ歴史に残らないような民が、日の本を作っている意識が正行の中にはある。
自分が死ぬことでそれが実現できるなら、彼は喜んで自分の命を差し出すだろう。
もっとも、彼がいることによって慈しみを覚えた人間がいる以上、その選択肢は誤っているのだが、武士であるために正行はその運命を受け入れざるを得ない。なんという皮肉。

「顔の見えている具体的な個人」のかけがえのなさ、交換不可能性については『FLYING SAPA』でも上田先生は語っていたように思う。
辛く苦しい記憶を消すことで、その人は気持ちは一時は確かに楽になるかもしれない。
けれども、記憶というのは個人を形成する最たるものである。
それを消去するということは、思いやりなどではなく、はっきり言えば個人への破壊攻撃である。
自身の人格の形成に他者との思い出・経験は必須であり、それは他人が勝手に奪っていいものではないのだ。
ちなみに『FLYING SAPA』の感想はこちら。

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そもそも、この時代の一武将にとって、「世界」とはどれだけ広かったのだろう。
武士の教養がどこまで及んでいたかわからないが、『今昔物語集』にはインドの話がある。
鎌倉時代には元寇があり、武将の間でも中国やモンゴルの存在はすでに明らかになっていた。
しかし、四条畷の戦いは1348年、1492年にコロンブスが周知したアメリカ大陸の存在は、当然知らなかっただろう。
今のように、インターネットで検索すればすぐに世界地図が出てくるような時代ではない。
国は確かに「目に見える人間」で構成することができた時代なのだろう。
古語の「しる」には「領地を治める」という意味があるが、これは「領主が自分の足で見て回って知ることができる範囲=自分が収めている土地」だったからである。

とすると、世界の全貌が明らかになった現代こそ、「みんな」で、「みんな」が平穏に暮らすための共同体を作っていくことは、かなり難易度が高いのではないか。
自分が会ったこともなければ、行ったこともない土地にも、自分と同じように生きている人がいる。
そこに暮らす人々は自分とは違う価値観を有している可能性がある。
けれどもその違いを否定してしまうと「流れは暴れてし、多くの者を飲みこんでしまう」。
現代ならば世界規模の戦争が起こってしまう。
だから、世界中の人々の協力・協働が不可欠であるが、「具体的」で「顔を知っている個人」と同じように「抽象的」で「顔も知らない、有ったこともない他人」のことを考えるのは、途方もなく難しいことだ。
難しいから、アメリカの価値観だけで世界を断じるグローバリゼーションなどという最低の枠組みが世界を覆いつくそうとしている。
アメリカの価値観を共有する者だけが、あたかも方舟に乗るかのように、「木の下」に集まって助かろうとするこの状況への警鐘が聞こえてくるような気がする。
近代になり、コンクリートによって人々は分断されてしまったにもかかわらず、世界の広さはますます露わになってしまった。
いっそ初めからお互いの存在など知らなかった方が、平穏に暮らせたかもしれない。
とはいえ、知ってしまった以上、無視できるものではないし、していいものでもない。
顔も知らない抽象的な他人のために、私たちはどれだけのことができるだろうか。
物語は正行に感動するように作られているけれども、自分は本当に公家サイド、武家サイドとは違う人間なのだろうか。顔の見える人間にさえ序列をつけてしまう人間ではないのだろうか。
『桜嵐記』は広い世界で「みんな」で生きていくことの難しさを物語っている作品なのかもしれない。

ちなみに。
『桜嵐記』の予習で見た大河ドラマ太平記』では、武田鉄矢扮する楠木正成は次のように言います。
「戦は大事なもののために戦うものと存じおり候。大事なもののために死するは負けとは申さぬものと心得おり候。それゆえ、勝ち目負け目の見境なく、ただ一心不乱に戦いをいたすのみで御座候」と尊氏に矢文を使わす。
「大事なもの」は、近くにいる、家族、友人、仲間、村人のことを指すのでしょう。
この作品では、正成もまた目に見える個人のために戦ったように見える。

ただ「何のために戦ったのか」というのは近代の病ともいえるかもしれません。何にでも理由を求めたがる。
もちろん作品の中では理由付けが必要だろう。
けれども実際に当時の人々はどれだけそれを考えていたのだろう、とふと疑問に思う。
平安時代にも「身をえうなきものに思ひなして」京から東国に旅する男がいるくらいですから、いわゆる「近代的自我」を古代の人間はもっていなかったというつもりはありませんし、南北朝のような戦乱の世に生きていたら、自問自答する機会も増えたの可能性もあろう。
武士の子は武士、農民の子は農民、共同体の中で人生が決められていることがごく普通だった時代に、それでも「自分は何者か」「自分はなにゆえ戦うのか」と問うのは、今よりもずっと難しいことだったかもしれない。