ゆきこの部屋

宝塚やミュージカル、映画など好きなものについて語るところ。

花組『殉情』感想

花組公演

バウ・ワークショップ『殉情』-谷崎潤一郎作「春琴抄」より-
監修・脚本/石田昌也
潤色・演出/竹田悠一郎

いつの話をしているのか……と自分ではしみじみ思うわけですが、いい加減書かないと忘れてしまう。
忙しかったのはもちろんあるけれども、前向きに感想を書こうという気になれなかったのは、やはり作品の力の弱さでしょうか。
そもそも、男女の理想的な関係を描くことに一定の価値を置くはずの宝塚で(だから「トップスター」と「トップ娘役」というコンビに価値があるのでしょう)、ヒロインの発言が徹底的に抑圧・排除されている原作を、どのように料理したところで、理想の男女関係どころか、理想の人間関係には行きつかない。立場が非対称すぎて。あれは佐助や語り手といった男性たちが自分に都合の良い女性像を作り上げる話であり、春琴の主体性などは一切求められていないのである。
だから、観客の大部分を占める女性はおそらく共感できないし、しにくい。さりとて芸術的に価値のある作品にも、多分なっていないのだと思います。その原因の多くに語り手の存在が関係していますが、それは別記事に譲るとして(いつ出来上がるのかは不明)、与えられた環境の中で精一杯頑張ったタカラジェンヌたちに、まずは焦点を当てて記録を残したいと思います。
ちなみにあわちゃん(美羽愛)に手紙はもちろん書いた。書いたら、ブログのことがいい加減になるくらいには役者を見ていた。でも、本当はそれじゃダメなんだよ、劇団。作品を見せてよ。

まずはほってぃ(帆純まひろ)とことのちゃん(朝葉ことの)チームから。
じめっとした湿度の高い佐助でしたね。まさしく春琴への愛が春琴を苦しめている佐助という感じでした。しかし佐助は喜んでいる。倒錯的な愛情を表現しておりました。
歌もぐんとよくなって、真ん中の安定感がありました。
前作『巡礼の年』でのタールベルクも非常に良かったので、男役スターが渋滞している花組から組替えか?という心配もないではないでしたが、無事に『うたかたの恋』に出演が決まり、良かったです。
線の細い感じがいかにも「奉公人」という感じで、多くの映画のような佐助でした。正統派佐助といったところでしょうか。

その佐助とコンビを組んだことのちゃんは『Dream Come On!』でまいてぃ(水美舞斗)に、かつて「ほってぃと夫婦みたい」といわれるくらい息がぴったりだったとか。
白塗りのお化粧は苦手なのか、それとも顔の形の問題なのか、今までお化粧がうまくないなと思ったことはなかったのですが、なんだか白塗りはいまいち?だった、ような……特に目を瞑っているときは、なんだか不安になってしまいました。スチール写真は違和感なかったけれども、あれれ。
マスクで顔の下半分が隠されている時代、マスクを取ると、どなた? みたいな人は沢山いますが、目を開けているか、瞑っているかだけでもこれだけ変わるのか、と。
もともと歌起用が目立った娘役ちゃんなので、ソロは安定していました。芝居もそつなくこなすというイメージで、役者としては正統派なのでしょう。ただ、春琴を演じるのに正統派でいいかどうかはまた別の問題かなとは思いました。

あとはお蘭役の詩希すみれちゃんが光っていましたねー! 最高でしたねー! どこが「おたふく」なのかはさっぱりわからなかったけれども、歌も芝居も良かったですわ。
なまじっか前回の『殉情』のお蘭が芝居がうまくて、しかも日本舞踊名取のせーこ(純矢ちとせ)でしたから、ハードルはなかなかに高かったと思いますが、せーこに引っ張られすぎることなく、それでもちゃんと利太郎(利太郎も最高だったことは後述)と息を合わせて芝居をしていたのが本当に良かったし、本当に歌がうまい。
私は下手すると今までで一番好きなお蘭かもしれない、と思いました。いや、せーこは上手いのだけど、上手すぎるんだよ。

女中コンビはなつきおきみちゃん(鈴美梛なつ紀)とゆいおよしちゃん(稀奈ゆい)。
なっちゃんはさすがにうまい。ゆいちゃんは、私にとっては初めましてかな。これからの活躍が楽しみです。

あとは語り手の大学生はらいと(希波らいと)とみさこちゃん(美里玲菜)。
ここの役割には逐一疑問を投げかけたくなるので、なんとも言えないですが、コンビの相性は良かったように思えますし、自然な感じもしました。
ただ、自然すぎて芝居としては微妙……みたいな意見も見かけて、まあそれもそうかなという気はしました。
そもそもタカラジェンヌって現実の若者を演じることが少ないし、舞台に立っていないときでも芸名の自分を演じている節がありますから、こういう観客に極めて近いキャラクターを演じることがあまり求められない、だから慣れていないというのはあるでしょう。
家族の前ではもしかしたらいわゆる「素の自分」になる人は多そうですが、今は家族とも一緒に暮らしていない人がいるだろうし、なかなか会えないし、ともなりと、役作りは難しかったかもしれません。
とはいえ、らいとは新人公演主演も経験していますし、『冬霞』でも公演スチールがあったくらいですから、もう少し頑張れてもいいかな……とは思いましたが、プロローグで道修町界隈の説明に切り替わるところはさすがだなと思いました。
一方みさこちゃんは、なぜか新人公演で役が付きにくく、なにかとお姉ちゃんと比べられがちでちと可哀想だなと思っていたところで、ユリコの役が回ってきました。
いろいろ追いついていないところはありますが、場数の問題もあるでしょうし、私はビジュアルが好みなのでつい甘くなりますが、なったこともない女子大学生を一生懸命演じようとしていることはわかりました。
公演スチールでも指ハートを作っていて、可愛かったなあ。
ところでユリコは大学生でいいんだ、よ、ね……? マモルが大学生なのはわかるし、マモルとユリコが友達以上恋人未満で始まるのもわかるのだけど、ユリコがマモルと同じ大学の学生なのか、それとも大学生ではなく、家が近い幼馴染なのか、はたまた高校生のときからの腐れ縁なのか、そのあたりはよくわからなかったような……。そういうところやぞ、竹田先生。

後半チームははなこ(一之瀬航季)とあわちゃん。
はなこの佐助は恰幅が良い番犬という感じで、いつもにこにこ幸せそうなのはいいけど、笑顔で春琴を囲っていくというちょっとサイコ味もあり、今までにない新解釈の佐助で面白かったです。
そもそも奉公人という設定だから、映画でも割と細身な感じの人が佐助を演じていたこともあるかもしれませんが、番頭さんよりも背が高くて肩幅があるがっしりとした佐助というのはなかなかお目にかかれるものではないし、何より春琴といるときはずーっと嬉しそうな顔をしているからな、もう春琴と一緒にいることそのものが幸せなんだなと感じるし、それでいて春琴の生き方を制限していくのだから怖い。とにかく怖い。この怖さは新しかったなあ。
良いものを見せてもらいました。ここにきて新解釈佐助に出会うとは夢にも思わなんだ。
春琴以外に対応するときのキリッとした立ち居振る舞いと春琴に対する無償のデレ感の差とでもいうのでしょうか。すごかった。圧倒的番犬感。

あわちゃんは、なんといってもナチュラルな関西弁っていうね! ネイティブや!さすがや!
あとは歌唱力もぐんと上げてきましたね……血の滲むような努力をしたことでしょう。本当に感無量でございます。彼女の成長ぶりにフォロワーさんが「思わずあわ様と呼んでしまう」と申しておったのがよくわかります。あわ様。良い響き。
舞の場面も3つありましたが、どれも素敵でした。最後の佐助と舞う場面は表情も柔らかく、すばらしいですね。最も好みから言えば、2つ目の舞で、黒い着物に早着替えをして踊るところですかね。いやはや、格好良い……。格好良い娘役が大好きです。
春琴はもともと舞の名人と言われておりましたので、ガッツリ舞う場面であわちゃんが輝いているのを見て、とても嬉しかったです。

歌と舞を褒めましたが、やはりあわちゃんは芝居の人。普通の人なら声が大きくなったり、演技が過剰になりそうなところで、あえて小声になったり、動かなくなったり。
一番印象的なのは、2幕で佐助が若いお嬢さんの稽古をつけているときの反応でしょう。最初は火鉢の棒を握りしめて動かして苛立ちを表現していますが、若いお嬢さんが「佐助はん」と言ったあたりで、はたと動きを止め、火鉢の棒から手をスッと離して膝の上で拳を握り締める。これは震えた。普通だったら火鉢の棒をもっと荒々しく扱ってさらなる苛立ちを表現しそうなものなのに、あわちゃんはここで引き算をするんですよね。すごいセンスだ。しびれる。
1幕の終わり、春松検校のところで佐助が三味線を習うことを提案するときも、「うちも教ぇてあげるけど」がゆっくりで、そのあとがものすごく早口になって「て、お母ちゃんが言うてた」でまたペースが落ちる。この口調の演技はなかなかできるものではないでしょう。すごい。

さて、こちらのお蘭はおいとちゃん(糸月雪羽)。おいとちゃんのお蘭もよかったなあ。好みから言えばすみれちゃんなのですが、おいとちゃんも素敵でした。
でもどこが「おたふく」やねん、というツッコミは一生し続けていきたいと思います。おたふく……おたふくねぇ……それ、違う言葉にならんかったのやろか。もしくは、いらんかったのと違いますか? なくてもええなと思ってしまう。

女中は琴美くららちゃんと初音夢ちゃん。
こちらは息ぴったりのコンビ。『冬霞』でも、振り分けが同じでしたね。
くららちゃん、こういう役もできるのか……と驚きましたよ。『冬霞』のイネスとは全然違うお役だものね。幅が広い。そして夢ちゃんとのコンビがすばらしい。何度でも言う。
夢ちゃんも演技が上手いからなあ。お団子を食べるというか、頬張っている姿、めちゃめちゃうまかった。私もお団子を食べたくなったよ。

語り手の大学生はは鏡くん(鏡星珠)とゆゆちゃん(二葉ゆゆ)。
さすがにマモルは経験の差が出た感じもありますが、鏡くんが短い公演期間の中でグングン成長していく様子が見られて感動しました。
鏡くんのマモルはゆゆちゃんユリコに、それほど真面目でないと思われている様子は可愛かったかな。
「大学生の飲みサーみたいな?」「僕は、そういうのはちょっと」に対して、「ウソツキ」とか「へぇ〜?」とか疑いの眼差しを向けられているのが、いかにも大学生らしいところではありました。
前半チームにはない、遊びというか、余裕のようなものが、コンビとして見ていておもしろかったです。

千吉はたおしゅん(太凰旬)。前半チームの千吉があまり記憶に残っていないけれども、たおしゅんの千吉はおもしろかった。興味深かった。
なんとなく利太郎を操作(?)しているようなところが見受けられて、これは佐助春琴の主従関係と合わせて考えると面白いかなと思いました。
もっとも梅見の宴での最後の利太郎とのやりとり「おなごは男はんがいなくなったらなあ……」「無駄や、なかったな」みたいなのはちょっと意味が取りにくいかなと思いましたが、これは脚本の問題。
お蘭が何を心配しているのか、よくわかりませんでしたわ。
そしてたおしゅんの演技はとてもよかったけれども、この売り出し方でいいのかは疑問が残るところ。聞いていますが、劇団や。

そして両チームに出演の利太郎は、とてもよかった。すばらしかった。なんや、あの利太郎。
前回がすっしーさん(寿つかさ)で、バカぼんどころかバカ殿ギリギリみたいな感じで、同じことは誰であってもできなかろうと思いましたが、さすが峰果とあ、やってくれました。安心と信頼の峰果とわです。拍手しかない。
アドリブも配信含めて楽しんでいらっしゃるようで、ほんま何よりでございました。すばらしい。
琴の稽古での「雪」を演奏するようにいわれて「雪やこんこん」のボケをかますというのは、演出の上では難しいですよね。だってどう聞いても後者の方が難しそうなんやもん。そのボケ、いらんやろ、と思いましたよ、竹田先生。

春琴の両親はビッグ(羽立光栄)と副組長(美風舞良)。こちらも安心と信頼。フィナーレでは副組長がビッグに指ハートを飛ばしているところを目撃してしまい、あまりの可愛さに眩暈がするかと。
春松検校は舞月なぎさ。出番が少ないながらも圧倒的な存在感を残す。さすがである。2幕冒頭の舞のセンターも安定感抜群でした。
男の丁稚たちも同じメンバー。末吉の涼香希南、八兵衛の颯美汐紗。個人的には富松(珀斗星来)が光っていたかな。

そして、何よりも!何よりも!
幼少春琴と芸妓さんを演じた真澄ゆかりちゃん!
キャー! 可愛い! 可愛いでやんの!
歌える! べらぼうに歌える! これで106期生なの?! 恐ろしい子! 恐ろしい子だわ! 期待の娘役じゃないの! 106期って、『デリシュー』で初舞台の生徒よね? 怖い! 怖すぎるぜ!!!
最初の「佐助! 手ぇが汗ばんでる!」も可愛いし、梅見の宴での「春琴はんには、決まった人はおるんやろか」という下衆心丸出しな芸妓もはまっているし、すばらしかった。ありがたくも3列で観劇したときにはフィナーレで目の前に聞て、どうしようかと。雪の精、春の精さんも激かわでした。ちと身長が低いのかもしれませんが、私はそういう娘役さんを応援するのに力が入るタイプなのです。劇団さん、大切に育ててあげてね。頼むわ〜!

次の大劇場公演はお正月から『うたかたの恋』。
ここのところ本公演はオリジナルが続いていましたが、ここにきてこの演目か、と。すでに見た気もするな。
役が少ないのが気になるところですが、あわちゃんは新しいキャラクターを演じることになりましたね。フェルディナンド大公の奥方であるソフィー・ホテック。
ルドルフとマリーの恋人同士とは対照的なジャンとミリーという描かれ方が常でしたが、そこにフェルディン土とソフィーも入ってくるということでしょうか。ここもまた身分違いの恋だったようですが。
小柳先生の演出に期待したいと思います。