ゆきこの部屋

宝塚やミュージカル、映画など好きなものについて語るところ。

星組『Le Rouge et le Noir ~赤と黒~』感想

星組公演

『Le Rouge et le Noir ~赤と黒~』
D'après l'œuvre de Stendhal «Le Rouge et le Noir, l'Opéra Rock»
Produced by Sam Smadja - SB Productions
International Licensing & Booking, G.L.O, Guillaume Lagorce
潤色・演出/谷貴矢

配信を見ました。
プログラムは手元にないのが悔しいくらい楽しかったです。今度、大劇場に行ったら買おう。オリジナルミュージカルは未見です。
トップコンビを引き離してまでこのロックミュージカル作品を上演したかったのが、劇団なのか、それともタカヤ先生なのか、それはわかりませんが、とにもかくにもトップ娘役の不在が納得できないと作品にも入り込めないだろう、と不安でたまりませんでしたが、そこはさすがタカヤ先生というべきでしょう。
これは確かにルイーズはくらっち(有沙瞳)でなければなければいけなかったでしょうし、マチルドもまたうたち(詩ちづる)でなければならなかったでしょう。者の説得力はもちろんですが、演出の妙もあったかと思います。
作品全体が芝居というよりもショーに近いこともトップ娘役不在であることを意識しなくて済んだことの要因の一つでもあるかと思います。伏線を回収する、気の利いた台詞の応酬を楽しむといったタイプの作品ではなく、みんなが知っている話をロックミュージカル仕立てにした作品だったことが幸いしたのでしょう。
超有名な作品のあらすじを歌とダンスでねじ伏せるタイプの作品という意味では『ロックオペラモーツァルト』や『王家に捧ぐ歌』あたりも同じことでしょう。
新しくこういう境地を切り開いていくなら、こういうのは『ベルサイユのばら』で見たいなと思いましたね。小柳先生、いかがでしょうか。でもそのときはトップコンビでやはり見たいなと思う次第なのです。それくらいトップコンビという存在に宝塚の特徴を個人的には見出しています。

冒頭に出てくるのは『エリザベート』のルキーニのように狂言回し&『M!』のシカネーダーのように劇中で活躍する役者のジェロニモ。主人公ジュリアンの影、ときには光というような形で表裏一体を形成するのもおもしろい役回りです。
私はよく知らないのですが、このジェロニモという歌手は実在したのでしょうか。そもそも『赤と黒』という作品そのものが事実あった事件の裁判記録からヒントを得たということですから、実在していたとしてもおかしくはありませんが。
例えば『激情』では、作者のメリメが出てきますが、ジェロニモが『赤と黒』の作者スタンダールの分身とも考えられるのでしょうか。
ありちゃん(暁千星)は今までにない扉を開きましたね。お化粧も良かったです。下まつ毛! 描いてる!!! ギラギラ感が! 増している!!!

『ロミオ&ジュリエット』を彷彿させるような赤のダンサー・ルージュ(希沙薫)と黒のダンサー・ノワール(碧海さりお)。とっても素敵な舞台装置は薔薇の蔓が絡みついた柵のようなもの。おしゃれ! たぎる! もうこれだけでとっても楽しみになる!!!
なんなら私は『PoR』でこういうのを見たかったんだよ、赤薔薇のダンサーと白薔薇のダンサーって形でさ。
そして灰色のコロスたちが大活躍。
『元禄バロックロック』でもラッキー来い来いガールズたちのコロスの扱いがすばらしかったので、タカヤ先生はこういうの、うまいんだな、本当。今回はコロスに男役も混ざっているというのが非常にいいですね。「花の精」とか「雪の精」とかやはり娘役に偏りがちだからな。別に『壬生』のこと言っているわけじゃないよ!><
そしてコロス役の鳳花るりなちゃん、めちゃめちゃ可愛い!!!『ジャガビー』のコーラスをやっていたり、『ディミトリ』の新人公演のリラの花も可愛かったからなー配信でいっぱい映って良かったです!!!

コロスが灰色であるのに対して、レナール夫妻もラ・モール父娘も黒の衣装が基本。一方、町長レナールにやたらとつっかかってくるヴァルノ夫妻は赤い衣装。ぎんぎらぎんにさりげなくない赤い衣装。眩しいぜ。
だからレナール家のメイドであるエリザは黒い衣装に赤いエプロンなのでしょうね。るりはな(瑠璃花夏)がとても可愛かったぜ~!
レナール夫妻とヴァルノ夫妻の衣装を対立させているのでしょうけれども、それはそれでいいのだろうか。1幕はそれでもいいかもしれないけれど、2幕はラ・モール公爵との関連はどうなるのだろう。衣装の色はオリジナル通りなのでしょうか。
とはいえ、着飾らないレナール夫人と着飾りまくるヴァルノ夫人の対立はたいへんよかったです。

大工の息子が家庭教師をやることを冷笑というよりも嘲笑してみせるヴァルノ夫妻は「ラテン語で何か暗唱してみろ」という挑発にのり、レナール夫人が読み始めた聖書のフレーズを突然歌い出すジュリアン。琴ちゃん(礼真琴)は当然うまい、めちゃくちゃうまい。さすがとしか言いようがない。ヴァルノ夫妻は「歌で殴られた」と思ったに違いありません。歌で殴り合うタイプの作品であることを最初に強く思った場面で、大変印象的です。

歌で殴り合うタイプの作品というのは娘役の配置を見ると納得いく部分が多くて、これはくらっち、うたち、なっちゃん(白妙なつ)、ほのか(小桜ほのか)、るりはなの布陣ですよ。圧倒的歌唱力。さすが、歌で殴り合う作品だわ。次の雪組大劇場公演の魔女も美穂圭子、妃華ゆきの、希良々うみ、有栖妃華、音彩唯という歌わせる気満々のメンバーですが、これが別箱でできるというのも強いですな、今の星組
この中でくらっちとるりはなのデュエットソングがあるのは最高だったな。宝塚だとトップ娘役と二番手格の娘役のデュエットでさえ稀なのに、ショーでもあんまり見ないのに。こういうのがもっと見たいし、なんならトップコンビを分けるくらいなら、娘役主演作品をもっと上演してくれてもいいんだよ! 楽しみにしているよ、劇団!!!
その意味で『愛聖女』がこけたのは本当に惜しい。返す返すも惜しく感じる……ヨシマサめ!
今回はもとが海外のロックミュージカルであるせいか、娘役が学年に関係なく活躍の場があるのは嬉しい限りです。反対に男役は宝塚だと番手にしばられるので、ちょっと難しいところもあるのかもしれません。だから別箱上演というのはわかる。

ジュリアン、君はいったいいつレナール夫人に恋に落ちたんだ、というツッコミはロックミュージカルだからしないとして(笑)。
ジュリアンが夜這いに来たとき、レナール夫人が赤い薔薇の髪飾りを胸の谷間のあたりにさしているのは、もうなんともいえない気持ちになりました。ドキドキすぎたわ。官能的とはまさにこのことか。『ドン・ジュアン』でもこんなくらっちを見たことがありますが、それよりも色気が増し増しになっていて、私は眩暈がするかと思いましたよ。なんてこった。
髪の毛を下ろしているだけで色っぽいというのに、罪な人だ、くらっち……。
しかも感動的なのはこの赤薔薇の髪飾りをレナール夫人が積極的にジュリアンに渡すというくだりですよ! ロケットと共に大切にしてほしいと言葉にして伝える。主体的な女性というのがとてもよいのです。
ロックミュージカルなら『1789』や『ロックオペラモーツァルト』はオリジナルを見たのですが、こういう女性がたくさん出てきてくれるのが嬉しいところです。
最後にジュリアンに撃たれるとき、笑っているのは印象的です。そう、彼女は嬉しかったのよね。自分を殺してまでも愛を守ろうとしたジュリアンが。本当に愛しいのでしょう。もしかしたら彼女にとってはこれが最初で最後の恋だったのかもしれません。

2幕冒頭は夜会でしょうか。マチルドは1幕冒頭では黒衣装でしたが、こちらでは華々しく赤い衣装。このツインテールは罪。歌のうまさは言うまでもない。「あ~退屈だわ この世界 凍えそうよ 退屈だわ この人たち 燃え上がる 出会いはどこに~♪」最高でしたな。もう間違いなくパーティーの主役はあなたですよ!って感じでした。好き。
しかしこの美貌と野心をもっているにもかかわらず、父親のラ・モール侯爵には「貴族の嫁に」とか言われちゃうんだから、マチルダからしてみたら、うんざりですよね。本当、うんざりですよね。鬱憤がたまるでしょうよ。もはや彼女が求める「気高さ」がどういうものなのかは、問いません。ロックミュージカルだから。
とにかくレナール夫人もマチルダもいわゆる「小さな青い花」でないというのがものすごくイイ! 女たちの戦い(生き方)が主体的に描かれているのが本当に嬉しいです。

それにしてもレナール夫人は羽織りが黒レースと赤薔薇の2枚ありましたが(そしてなぜかその2枚を同時に羽織っている場面はちょっと「?」という感じでしたが。どちらかで良いでしょう)、ドレスは基本的に1枚だったかと思います。一方マチルドはドレスが2枚あり、豪華といえば豪華。黒の衣装のときは羽織があったりなかったり。髪型も黒いカチューシャと黒いリボンの2種ありました。可愛いよ~!
着せ替え人形感の楽しみはマチルドの方がありますが、全編にわたって登場するヒロインはレナール夫人ですから、やはりこれはどちらがトップ娘役が演じるのかは悩ましい。その意味でもくらっちとうたちの二人で分けたのはそれなりに筋は通っていたかもしれません。

ほのかヴァルノ夫人は2幕でようやく歌う。良かったよ、歌ってくれて。ロックミュージカルなのに彼女を歌わせない手はないでしょう。最高でしたわ。
しかしスカートを持ち上げすぎなのは気になったかな……ドレスの中の足、丸見えですよ。下品ギリギリといったところなのか。そう、あれは宝塚でできる下品ギリギリのラインという感じはした。これが『ベアタ・べトリクス』のリジ―と同一人物なんて! さすが役者だわ!!!
ヴァルノ夫人はどれくらいヴァルノを愛していたのでしょうね。ヴァルノは他所に女がいくらでもいそうでしたが……ああいう演技、うまいよな、ひろ香祐。芸達者。

芸達者といえば、町長のレナールのゆりちゃん(紫門ゆりや)、ラ・モール侯爵のじゅんこさん(英真なおき)の専科のお二人は本当に劇団にとって貴重な戦力だと改めて思い知らされました。すごいよ、お二人とも。
ゆりちゃんはスチール写真もものすごく良かったです。まだまだ新しい扉を開いていく姿、ありがたすぎるわ。
じゅんこさんは顔のふっくら感が戻って来た印象があります。お元気そうな姿を見ることができてうれしい限りです。そしてマチルドとジュリアンを一度部屋から追い出したあとに歌う歌はまさしく『ロミオ&ジュリエット』のジュリエットパパと同じ心境ですな。

ようやくジュリアンとマチルドの結婚が認められ、ジェロニモは「地位と名誉が愛によって与えられた」というようなことを言う。皮肉だよな、ジュリアンはずっとそれが欲しくて、武器でもなく身分でもなく、ただ己の知恵だけを頼みにしてラ・モール侯爵の秘書にまで上り詰めたのに、愛によって、それはいとも簡単に与えられてしまったのだから。彼がしてきた血のにじむような努力とは一体なんだったのだろう、彼が受けてきた理不尽な中傷とは一体なんだったのだろうと考えずにはいられません。いられませんが、余韻にひたる暇はありません、なにせこれはロックミュージカルですからね!
しかもそれを東京大学出身のタカヤ先生が演出するとは何たる因果よ! 心境をぜひお伺いしたいところです。

なっちゃんは歌ももちろんすばらしかったですが、フェルバック夫人のあのお衣装の破壊力たるや……っ!
どうしてあの形のドレスを着こなせるのだろうか、すごい。驚異的なスタイルだな。
胸元が開いていて、大きな白い襟がついていて、身体のラインに沿った黒いドレスかと思いきや、腰からお尻の部分にバッスルみたいにふくらんだものがついていて、膝から下の裾は広がっている。オリジナルもああいう衣装だったのかな、気になるな。
きっとフェルバック夫人もいっぱい若い燕が周りにいるのだろうな、と思いました。素敵だ。美魔女!

「愛されるよりも愛したいマジで~♪」とはKinKi Kidsの曲ですが、古今東西老若男女、みなすべてこれなのでしょう。その意味でマチルドはジュリアンを愛しすぎてしまったとも思います。マチルドにはジュリアンとの子供が与えられますが、レナール夫人に対するほどの愛情は与えられない。そしてレナール夫人にはジュリアンの心が、愛が与えられる。
もっとも罪と背中合わせでなければ自覚できない愛というのも淋しいものでしょう。これは物語の中だから、もちろんその方が盛り上がるというのはあるでしょうけれども、そして人間の認識は相対的なものであるということも考慮しても、愛は愛だけで存在する世界を、その理想を私は求めてしまいます。
マチルドもバカではないですから、なぜジュリアンがレナール夫人を撃ったのか、すでにわかっていることでしょう。それでも助けだそうとするその健気さは、ジュリアンに生きる希望を与えない。マチルドと生きる「未来」ではなく、レナール夫人を殺害しようとした罪人の「現在」を貫こうとする。

最後のダンスは琴ちゃん、くらっち、うたちの三人。琴ちゃんが二人の娘役に対してジュリアンとして接しているけれども、とてもやさしくて穏やかで。けれどもなこちゃん(舞空瞳)とのデュエットダンスのときにしか見せない表情があるということがわかって、これはこれで新しい発見でした。3人のデュエットソングもすばらしかった。
しかしやはりトップコンビが分かれるのは寂しいものです。
いわゆる宝塚のフィナーレはついていませんでしたが、三人で最後に踊るのはオリジナルにもあったのでしょうか。とてもよかったです。

レナール夫人とジュリアン、マチルドとジュリアン、どちらのカップルも女の方が身分が高いという共通点がありますね。月組がただいま東京で上演中の『応天の門』の高子と業平も、駆け落ちした当時はともかく、将来的に高子の方が身分が高くなるということを考慮すると、相似関係にあるといえるかもしれません。
世界の物語をひもとくと、男の方が身分が低いという話は少ないのではないかと思っているのですが、宝塚はそうでもないのかもしれません。「身分がなくても俺は気にしない」と『fff』のルイも言います。それ、身分が低い(ない)人間が言う台詞ではないでしょう、と盛大にツッコミを入れたのは懐かしい思い出です。

日本青年館ホールでの公演、また他の星組の2つのチームも無事にすべての幕が上がりますように。
バレンシアの熱い花』『パッション・ダムール・アゲイン!』と『Stella Voice』は配信情報がまだ発表されていませんが、あることを願います。