ゆきこの部屋

宝塚やミュージカル、映画など好きなものについて語るところ。

花組『うたかたの恋』感想2

花組公演

ミュージカル・ロマン『うたかたの恋
原作/クロード・アネ
脚本/柴田侑宏
潤色・演出/小柳奈穂子

東京千秋楽、おめでとうございました。なんでも東京で完走したのは『アウグストゥス』以来だとか。もっとも華ちゃんの退団公演であったその公演も、宝塚では最後の方の公演が中止となり、私は生で観劇するはずだった華優希サヨナラショーを見ることができなかった悔しさが思い起こされます。
これはれいちゃん(柚香光)に限った話ではありませんが、宙組以外のトップスターは全公演が中止することなく上演できた本公演ってないんですよね。そんな状況ではなかなか本人もファンも退団の選択はしにくいかと思います。一方で、下級生が育ってきているのも事実、また娘役トップスターにいたっては、このような状況の中でも退団していってしまう、というのがなんとも言えない気持ちになります。

そんなわけで『うたかたの恋』。初日付近の感想はこちら。

yukiko221b.hatenablog.com

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本当はもう二回見るはずだった公演のチケットは中止となり、宝塚大劇場の新人公演のチケットもむなしく散りました。無念……っ!
今回は、配信で見た東京の新人公演と千秋楽とを合わせた感想でございます。

繰り返し言われていますが、大劇場での『うたかたの恋』は20年ぶり、初演から40年経った物語は当然、そのまま上演するには難しく、最近の別箱の再演でも違和感を覚えることが多かった部分は小柳先生によってかなりスッキリした印象があったことは最初の観劇の感想にも書きましたが、それにプラスして女性キャラクターの多様性をかなり意識的に描き分けているように感じました。
つまり、今まではルドルフにとって、あるいは作品にとって「女性」というのは「聖女/娼婦」に大別され、前者は言うまでもなくヒロインのマリー、そしてジャンの恋人であるミリー、あるいはここに母のエリザベートも入ってくるかもしれません。一方で後者はマリンカ、ツェヴェッカ伯爵夫人などの女性がカテゴライズされ、悲しいことにステファニーやラリッシュ伯爵夫人は「女性」というカテゴリにも入れられていないように思います。そしてそれは「人間」として見られていたこととは違うというよりも、おそらくは正反対のベクトルを向いていたものだとさえ感じます。
彼女たちの描かれ方は、それほど「多様」とは言えなかったように思いますし、それが柴田先生の限界、言い換えれば時代の限界だったとも言えるかもしれません。

けれども今回マリンカと役割を分けたミッツィやマリーやミリーとの対照性の中で生まれたソフィーといった女性キャラクターが増え、既存の女性キャラクターにも多様な生き方が見えてきたように思います。
まずはマリー・ラリッシュ伯爵夫人、彼女は『ハムレット』観劇の場面にも登場し、出番が増えましたが、なんといってもルドルフと女性たちを仲介するのは決してボランティアではなかったというところがおもしろいところです。ホッフブルク宮殿にマリーを最初に連れてきた場面の帰り際、ロシェックからちゃっかり白い封筒を受け取っています。あれにはおそらく報酬が入っているのでしょう。従姉妹(どちらが年上か、『ル・サンク』の脚本では曖昧にされています)という血でつながっているのではなく、あくまでビジネスとしての信頼関係で二人が結ばれているのは大変興味深かったです。
本公演では朝葉ことのちゃん。笑顔のままロシェックから封筒を受け取り、その自然な動きからは、なるほどやはりこれは初めてなのではないなと観客に説得力をもって伝えていたと思います。
新人公演ではあわちゃん(美羽愛)。直前までのあわちゃんスマイルは消え去り、ロシェックからお金を取り立てる姿はまるで借金取りのように真面目そのもの。慈善活動ではない、あくまでビジネス上での結びつきであることを強調した演技となっていました。しびれた。

ステファニーは従来ヒステリックさが強調され、ややもすると観客の大半が女性なのに反感を買うのではないかと思われるような演出が続いたと思うのですが、今回は、特に千秋楽公演で感じたのはルドルフもステファニーも「本当はうまくやりたかったのに、そうできなかった」という悔いがにじんでいたということです。
特にルドルフがステファニーに愛情を示せなかったことを悔いるような場面がないと、本当にステファニーはヒステリックに走るしかなくなってしまう。だから、これはれいちゃんのお芝居が光っていたとも言うべきでしょう。そのおかげでステファニーは今までよりは救われたような気がします。
その意味でステファニーは『源氏物語』でいうところの葵上のような存在に見えました。言われてみれば主人公の正妻なのに報われないあたりはよく似ていますが、二人が結びついたのは初めてだったので、これもやはり演出・演技の賜でしょう。
かといってステファニーのつらいところは、自分も恋人を作って憂さを晴らそうとするのが難しいところです。彼女の腹は彼女のものではなく、オーストリーハプスブルクという巨大な帝国のものであり、伴侶以外の人との子をなすことは決して許されないからです。つらいわ。あとはもうアントワネットのように賭け事に走るしかなさそうですが、生真面目が禍してか、そうもなれない。行き所がなく苦しそう。
本作では史実でいるはずの娘も出てこないので、このステファニーの息苦しさはたまらないだろうな、と。でも今回の演出でちゃんと人間としての人格、女性としての人格が与えられた役になっていました。
本公演ではうららちゃん(春妃うらら)。あの鋭い目つきといったらない。しかし私はうららちゃんのやわらかいキャラクターも知っているからこそ、ああいうすさんだ目にしたのはお前だぞ、ルドルフ!と思ってしまう。ジャンとのデュエットも最高でした。
新人公演ではこれで退団のここちゃん(都姫ここ)。苦しい、もどかしい、どうして自分は愛されないのか、どうして自分は愛せないのか、その悩みや葛藤の背景がにじみ出ているキャラクターに仕上がっていました。なぜ退団してしまったのか……淋しい。

ツェヴェッカ伯爵夫人は、おそらく今回初めてルドルフにスパイだと気がつかれている設定を付け足されたと思うのですが、作品の政治色を強める一方で、こちらも女性の多様な生き方を応援しているように感じました。いや、スパイという生き方がいいかどうかはまた別の話ですが。
そしてその伯爵夫人とプラーターの酒場の歌姫ミッツィはなにやらつながりがある様子。もしかしたらミッツィもスパイであることにルドルフは気がついているかもしれません。
そのミッツィは、今までのロシアの歌姫マリンカ役をわけた役になっていて、それは正解だと思っています。今までのルドルフとマリンカは一線を越えていたような気がするのですが、私はずっとそれに不満でした。マリーに出会ったんだから、もう他の女に手を出したらダメでしょ!って思っていた。ちょっと潔癖かもしれませんし、その自覚はあるけど、でもそれは嫌だったんだよ!
ルドルフとマリンカの絆が浅くなり、その分ミッツィとの結びつきにつながったのは、結果としてマリーと出会った後は双方ともに一線を越えていないだろうと思えるのが良かったです。いや、たぶんミッツィとはやることやっていると思うけど、マリーに出会ってからはなくなったと思えたんだよね、あのルドルフは。
マリンカが「ロシアの」歌姫であることから、もしかしたらルドルフはマリンカのこともスパイだと疑っていたかもしれませんし、実際にそうだったっようにも見えます。
一言で女スパイといっても、ポーランド、ロシア、国内と利益がバラバラの女性たちがそれぞれに暗躍している様子はたまりませんでした。伯爵夫人もミッツィに渡した情報は、嘘ではなかったかもしれませんが、自分が知っている情報の全てではないでしょう。そのあたりの女性たちの駆け引きが最高だった。
この女スパイ三人組(なんだかキャッツ・アイみたいだな)で光っていたのはなんといってもすみれちゃん(詩希すみれ)です。本役ではミッツィ、新人公演ではマリンカでした。ルドルフを愛し、美声を響かせた美しい歌姫、たまらんな。
新人公演のゆゆちゃん(二葉ゆゆ)の伯爵夫人も素敵だった。あのキリッとした感じがたまらなかったわ。スパイで近づいたつもりだったのに、本気になっちゃったんだよね、わかる~という感じでした。ルドルフが死んだあともどこかのスパイとして、心に鎧をまとって強く生きていくことでしょう。

以上が、今まで女として人間の尊厳を与えられていなかった女性キャラクターと娼婦に分類されていた女性キャラクターの新しい一面となります。これらによって物語はより立体的となり、深みが増し、味わいのあるものになったと思います。少なくともそのまま上演するよりは新しい時代にふさわしい、新しい『うたかたの恋』だったと思います。
難しいのが次の、今まで聖女に分類されていた女性たちの多様性です。母親のエリザベートがここに入るかどうかはかなり難しい問題ですが、20年前にはおそらく名前くらいしか観客も知らなかったエリザベートは、今や観客のほとんどが「シシィ」という愛称で呼ばれていた頃からの彼女の生涯をミュージカル『エリザベート』によって知っていることを考えると、彼女の描かれ方もこのカテゴリに近づいてきていたのかな、と。あとは母親に抱きがちな聖女幻想ね。私は鼻でせせら笑うけど。
まあ、今回は演出うんぬんというよりもとにかくかがりり(華雅りりか)がうまかったということに尽きると思います。だってあのエリサベートは、そのままタイトルロールができそうなエリザベートだったんだもの。本作で退団ということもあり、本人の気合いの入れ方ももしかしたらいつもよりも増し増しだったのかもしれませんが、あれほど愛されて結婚したはずのフランツはオペラ歌手と懇意の関係になり(もっとも「皇后も認める」とは言われていますが)、母としても上手に生きることができず、「ここではないどこか」に自分の居場所を探し求め続け、旅に明け暮れるより他に生きていく手段を見つけられなかった哀愁のエリサベート、完璧だったからなあ。そのまま精神病院で、ヴィンディッシュ嬢と競い合うあの歌を歌ってもなんの違和感もなかったと思うんだ。とにかく気迫や熱意がすごかったし、きれいなだけでは済まされないエリサベートの人生を背負っているように見えました。

新キャラクターのソフィーは、フィルディナントの身分違いの恋人。ここに、ルドルフとマリー、ジャンとミリー、フェルディナントとソフィーといった、ハプスブルクの人間でありながら、身分の低い女性を恋人にもったカップルが3組登場することになる。せっかく新しく作ったキャラクターなのだから、もうちょっと見せ場があってもよかったようにも思うけれども、それは時間の関係で難しかったのかな。そもそもミリーもそれほど出番があるキャラクターとは言えませんし、だからこそ、別箱で上演された方が組子の成長につながる芝居ではあるのでしょう。
もともとマリーとミリーのキャラクターの描き分けも結構大変というか、難しいと思っていた上に、そこにまた似たような「身分の低い」「小さな青い花」のような女性を描き足して、どうなるのだろうと思っていたけれども、本公演でのあわちゃんが好奇心旺盛でおちゃめたっぷりに演じてくれたので、少なくともマリー、ミリーとは違う人物像を打ち出していたように感じました。フィルディナントにおもちゃの電車やらブレスレットやら王冠やら、毎日せっせと渡していたのは彼女のチャームポイントに他ならないでしょう。
そして彼女の存在が物語を動かす。フェルディナントにルドルフを捕らえる、という選択をさせる。これはソフィーの描かれた意味としてもっとも大きいものだと感じました。何度見ても「納屋伝いに外に出られます」というあのフェルディナントの台詞、泣いちゃうんだよな……うう。それがあなたの本心なのよね……とぽろり。なんなら、新人公演ではぼろぼろ泣いた。鏡くん、良かった……迷っている感じがたまらなかった。切実な思いが伝わってきて見ているこちらも苦しかった。

新人公演のミリーを演じたみこちゃん(愛蘭みこ)は、従来のミリーよりもいたずら心がありそうなキャラクターで、マリーとのキャラ分けができていたと思います。「船を指揮なさってもいいわ」というけれども、ミリーも指揮してそうだなと思ったくらいです(笑)。その意味で本公演のソフィーとは似ているけれども、新人公演のソフィーのゆめちゃん(初音夢)があわちゃんとは違った役作りをしていたので、また全然違う感じがしたのがおもしろかったです。ゆめちゃんのソフィーはもうちょっと真面目そうでした。
本公演のみさきちゃん(星空美咲)のミリーはちょっと固かったかな、それが彼女の持ち味なのだろうけれども、それがミリーかと言われるとまた難しいなと感じました。常にジャンより一歩下がって見えるのも、ミリーなのかなと思ってみたり。

そしてヒロインのマリー・ヴェッツェラ。彼女はあくまでも「青い小さな花」でなければならないし、『ハムレット』のオフィーリアでなくてはならないし、今までと大きくキャラクターを変えることは難しかったと思います。だから最終的に彼女はずっと「聖女」だったのかな、と。
もちろんまどか(星風まどか)がうまいのはわかっているし、いろいろ考えた末のマリーなのだろうけれども、しばりが大きすぎて自由度が少ないというか、決定的に今までとは違うマリー!とはなかなか言えそうにないなと思いました。いや、別にまどかは普通にうまいんだけどね。
『歌劇』では「推しの部屋に行く」くらいの気持ちで、という話がありましたが、だったらもっと違う、うわついた感じ、もうちょっといえば軽薄な感じのキャラクター解釈もできたかなと思う一方で、でもやはり彼女はオフィーリアの枠からは出られない。今回はルドルフがハムレットを演じたわけではないから、そこまでオフィーリアにこだわらなくても良いのかもしれませんが、それでもやっぱりね、マリーはオフィーリア枠だと思って見ちゃうからさ、私も。そして、オフィーリアはきっとうわつかない(笑)。
新人公演でははづきちゃん(七彩はづき)。初の新人公演ヒロインでした。芝居・歌ともにまだまだ小ぶりではあるけれども、こう演じたい!というい意志が感じられて、今後が楽しみな娘役さんの一人です。頑張ってください。そして多分、初の新人公演ヒロインなら、こういう王道のヒロインの方がやりやすくて良かったかもしれません。身も蓋もない言い方をすれば、こういうヒロイン像ってやたらと宝塚に多いからさ。もっとも今後はヒロインにも様々な生き方を要求していきたいと思いますけどね! 劇団! 頼むよ!!!

あとは、花組はなまじっか『元禄』『巡礼』も新人公演を見ているものだから、娘役だけでなく私にしては珍しく男役も解析度が高くて、本当自分でも驚くのですが、新人公演でジャンを演じたれいんくん(天城れいん)が、今までにあまりないタイプのジャンだったと思うんですよね。ほら、ジャンってわりと力で押していくタイプのキャラクターだったと思うのですが、彼女のジャンはきれいなジャンだった。そうね、あえていえば、まあ様(朝夏まなと)に近いタイプだったかな。でもそれよりももっと線が細い感じで、しかもミリーがみこちゃんだったから、これはもう間違いなくみこちゃんの方が強いカップルだなと思うなどした。同期なんですけどね、二人。
それから珀斗星来くん。すごい、どこにいても見つけられる。見つけるたびに「とみまつー!」と『殉情』のキャラクターの名前で叫んでしまう。新人公演ではフィリップで、ラリッシュ伯爵夫人と舞踏会で踊っていますが、こちらもあわちゃんとの同期コンビ。
あとは青騎司くん。新人公演での軍服姿、麗しかった。『花より団子』でつくしの弟としてあんぽんたんな踊りをさおた組長(高翔みず希)としていたあの頃と比べるとなんと洗練されたことでしょう(役柄の問題です)。『冬霞』でもちゃっかりヒロインの婚約者だったもんね。
あとは鏡くん(鏡星珠)。新人公演のフェルディナントはもちろんだけど、本公演でもちょくちょく後ろにいるのを見つけて、自分でも驚きました。ショパンの印象がかなり強かったものと思われます。

まる(美空真瑠)がどこにいても見つけられるのは、そりゃそうだろうという話なのですが、よく考えたらまるモーリスって、マイヤーリンクには一緒に来ていないんですよね……今までの『うたかたの恋』はマイヤーリンクにもっと人がいたので、モーリスがいたかどうかまではちょっと記憶がないのですが、でも少なくとも今回はモーリスがあそこに不在で、そこにフェルディナントがやってきて、と考えると、ルドルフの居場所を教えたのはもしかしてモーリスなのでは……という疑念が。プラーターでも「殿下、少々お声が」とジャンと話しているルドルフに制止を入れるのはモーリスではなく、フェルディナントだったからな。モーリスがスパイだったのか、それとも途中で裏切ったのかはわかりませんが、気がついてちょっと愕然としてしまいました。
新人公演では反対にルドルフの忠臣ブラットフィッシュ。軽快でよかった。ブラットフィッシュは生前、ルドルフと最期まで一緒にいた男として、出版社から金をつまれて真実を話してくださいと言われたようですが、一言も喋らなかったといいます。本役のあすか(聖乃あすか)が出版社と話すときは軽快でありつつも、核心に入ると急に真面目な顔になって、もうそれ以上突っ込めない感じになりそうですが、まるのブラットフィッシュは泣きながら「話すことはありません」と言ってそうだなと思いました。

次の別箱の片割れ『舞姫』は早速配役発表があった様子。花組の組子は休むことができたのでしょうか。心配です。
とはいえ、『舞姫』楽しみにしています!