ゆきこの部屋

宝塚やミュージカル、古典文学など好きなものについて語るところ。

星組『ロミオとジュリエット』感想

星組公演

kageki.hankyu.co.jp

三井住友VISAカード ミュージカル『ロミオとジュリエット
Roméo & Juliette
Le spectacle musical de GÉRARD PRESGURVIC
D’après l’œuvre de WILLIAM SHAKESPEARE
原作/ウィリアム・シェイクスピア
作/ジェラール・プレスギュルヴィック
潤色・演出/小池修一郎
演出/稲葉太地

ライブ中継でB日程、劇場でA日程を2回、それぞれ拝見しました。
B日程も観劇の予定がありますが、これ、A日程とB日程でかなり作品解釈が変わるので、ぜひ劇団さんにはどちらの日程も円盤化して欲しい。
Blu-rayもDVDも両方出せなんて我儘言わないから、Blu-rayだけでいいから、頼む。
博多座花組『あかねさす紫の花』は役替わりが3人だったのに、AもBもBlu-rayのみ円盤化されたではありませんか。
確かにあれはトップスターであるみりお(明日海りお)が役替わりをしていたからかもしれませんが(そしてもはや別作品であるというくらい解釈が明確に変わった)、今回の『ロミジュリ』は主役の2人以外の主役級の役が9つも入れ替わるのだから、こちらも同じくらい解釈が変わりますよね?
頼むよ、劇団さん。ダイジェストなんて、どこを切り取るの?って感じですよ。
バルコニーと墓場の、ロミオとジュリエットの2人の場面以外入れるくらいなら全編入れて欲しい。
雪組だいきほ(望海風斗、真彩希帆)お披露目の『ひかりふる路』のCDも最初は「音楽のみ」だったのが、どこ切り取るねん!?って話になって、結局前編になったではありませんか。
全編いるよ、間違いなく。だって全然違う作品に仕上がっているのだもの。
……と、過去の例を引き合いに出して、ただをこねてみる。
これは劇団さんの判断を待つより他に仕方がありませんね。

さて、噂に違わぬ衣装の破壊力たるや……開いた口が塞がらないとはまさにこのことか、と思うほど。
ロミオのフードも気になりますが、ジュリエットのバルコニーでのへんてこな配色のリボンは一体どういうことでしょうか。
謎の赤い革ベルトも個人的には気になります。
舞踏会でのブーツも底だけ黒いから、舞台と同化して足が短く見えてしまう……せっかくのタカラジェンヌのスタイルをどうしてくれるんだ、と。
プログラムのイケコの挨拶には、今回の衣装についての言及もありましたが、意地の悪い私は「この衣装、俺のせいじゃないからね?」と行間を読んでしまい、方々に申し訳ない気持ちになってしまった。
そんなつもりがなかったらごめんね、イケコ。

「今行くわ」のくだりも聞いていた通り、今までの「ちょっと待ってよ〜汗」のニュアンスから「ちょっと待ってよね!怒」のニュアンスに変わっていましたが、ここは賛否が分かれている模様。
ジュリエットの気の強さ、芯の強さを示すための演出だと思われるのですが、笑いが起きてしまっているせいか、いい場面なのにちょっとコミカルすぎやしないか?という人もいるでしょう。
なんと言っても世界三大バルコニー場面の一つですから、ロマンティックに演じて欲しいという気持ちもわからなくはないです。
私としては怒のニュアンスがありながらも、観客側が笑いとして捉えないというのが1番いいのかなと思いますが、それも難しいのかもしれません。
東京で進化するといいのですが。

ひっとん(舞空瞳)のジュリエット、超キュートだからもっとよく魅せたい。演出家の皆さん、頼みます。
それから、赤薔薇のブレスレットが足首にもあるの、可愛い。
結婚式の場面はほとんど足、見えないですけれども、プログラムで確認するとタイツもすごいキュート。
スゴツヨ女な感じは若干あるけれども、でも今回はそういう役作りだし、ひっとんジュリエットには合っていたと思う。

そんな気の強いジュリエットですから、銀橋で「生まれたその日から16年間親には一度も逆らったことない〜♪」という歌も、いやいやいや、あなたはそう思っているかもしれないけれども、実は周りは結構振り回されていると思っているのではないですかね?手のかかる子だと思われていますよ!と教えてあげたい気分でした。
あれは絶対にジュリエットの思い込み、勘違いですよね……それはそれでそういう演出なのは別の良いのです。
このあたりの思い込みの強さが最後に「ロミオは死んでしまった。私も死ぬしかない」という強烈で極端な行動に繋がるのかと納得したほど。

その分、今回はロミオが大変幼く、少年のような役作りになっているように見えました。
決してフードのせいではないのですが(笑)、精神年齢がジュリエットよりも圧倒的に低いな、と感じさせます。
思えば琴ちゃん(礼真琴)は『鈴蘭』でも『アルジェの男』でも『眩耀の谷』でもヒロインよりも精神的に幼い役をしたり、そういう役作りをしたりする役が多いなと感じましたが、これが彼女の個性なのでしょう。
ペンヴォーリオ、マーキューシオが日替わりとはいえ、今回のロミオはA日程もB日程も2人より幼く感じました。
だからこそ登場したのとき「女たちは僕のことを追いかけてくる何もしなくても遊びならば何人かと付き合ったけれど虚しいだけ〜♪」というのが、え?!そうなの??「遊びで何人か付き合ったの」?しかもそれが「虚しい」とかわかったの??とツッコミを入れたくなるような気もしました。
まあ追いかけては来るのでしょうけれどもね、お姉様たちが(笑)。
坊やを可愛がってくれたのでしょう。
純粋培養感溢れるけれども、そうか、遊んだことあるんだ……みたいな。
その経験があるからジュリエットとの初夜もうまくいったのかな(やめなさい)。

年上の女に追いかけられている様子が簡単に想像できますが、だからといってロミオが母親の愛情に飢えているようには見えないし、むしろ母親の愛情は重くて、父親の愛情が希薄だという描かれ方をしていると思います。
だからこそ年上の女性には抵抗があるのかもしれません。
年下だけどしっかりしているジュリエットはマザコンでありつつも、年上の女性を受け入れられないロミオにとっては、ぴったりだったと思います。
もっともジュリエットはパリス伯爵と結婚した方が幸せになると私は思っていますが(笑)。
いやあ、勢い余って人を殺してしまう幼いロミオよりも金持ちで愛してくれるパリス伯爵と一緒になった方が、そりゃ幸せでしょう。
ティボルトとは言わない。あれは危険すぎる。
パリス伯爵です。パリス伯爵がいい。
ばあやの言うように「たまには愛がついてくる」かもしれない。
くらっち(有沙瞳)のばあや、よかったですよね。
もったいな感じは否めないのですが。

キャピュレット夫人はビジュアルは最高なのですが、もうちと歌を頑張ってくれると嬉しいかな。
ばあやと一緒に歌う「甘い恋なんて夢の中だけ〜♪」はくらっちもいるし、周りのキャピュレットの女たちでだいぶ緩和されるのですが(ここの振り付け、超可愛くないですか?階段に連なるキャピュレットの女たちと平場で母、ジュリエット、ばあやで並んで歩くところ、死ぬほど可愛い)、モンタギュー夫人と歌う「憎しみ」はどうにもこうにも。
モンタギュー夫人が星組コーラス筆頭のなっちゃん(白妙なつ)ということもあるのでしょうけれども、
あんる(夢妃杏瑠)よ、頑張れ。
みっきーパパ(天寿光希)との並びも良いので、まだまだ今後に期待だなー。

みっきーパパ、最高だよね。
全然枯れていない。現役バリバリ感ある。
家のメイドと仲良くしているのも、ねぇそれだけで終わってないでしょ?
『春の雪』のみね(晴音アキ)みたいになっている子、おるやろ?!と思わせる。
プログラムでははるこさん(音波みのり)との並びになっているので、はるこさんの愛人感が半端ない。
このはるこさんもすばらしいんだな。
思わずスチール買っちゃったよ。

スチールといえば、まめちゃん(桜庭舞)やかのんちゃん(天飛華音)はスチールがあるのに、全日程出演ではないのですね……。
なんか、それにもビックリしちゃって。
スチールあるなら全日程出演で良くないですかね?
ライブ配信では見つけられたかのんちゃんが舞台の上で探せなくてとても不安な気持ちになってしまったよ。

瀬央(瀬央ゆりあ)ティボルトは、もし環境が違えばジュリエットの王子様になれたかもしれないという可能性を残しているのに対して、愛月(愛月ひかる)ティボルトは、あんた生まれ変わってもジュリエットとは結婚できないよ、そんな狂気オーラ振り撒いていたら、という気持ちになります。
愛月ティボルトが自分から進んでナイフとお友達になりに行ったのに対して、瀬央ティボルトはよるべがなくてナイフというお友達に辿り着いてしまった悲劇感がある。
もっともどちらのティボルトも「ロミオを殺してジュリエットに告白しよう」と思っている時点で、ジュリエットに受け入れられるはずもないのですが。
ロミオを殺した後、両手に娘役を抱えて満足そうにしているし、趣味が悪いことは疑いようもない。
愛月ティボルトはジュリエットを強烈な光だと考えているのに対して、瀬央ティボルトは残された純白の光みたいに捉えているようにも見える。
愛月ティボルトの方が生きているの、面倒くさそう。
あのだるい感じなのに瞳は獣のようでもあり、色気がたまらない。
実の叔母と怪しいと言われても納得しかない。
これが本当の「女たちは僕のことを追いかけてくる何もしなくても遊びならば何人かと付き合ったけれど虚しいだけ」だよな、と思うなどした。
死の役ではないのに突き刺さるような視線に殺されれ。

マーキューシオは、そもそも役作りが難しいなと思っていて、どのバージョンを見ても死ぬ直前の「ジュリエットを愛し抜け」とロミオにいう場面が私はいまいちしっくりきておらず。
もちろんマーキューシオがロミオとジュリエットの結婚に腹を立てているのは「敵を愛しても幸せになれない〜♪」当たっている通りだと思いますし、自分の知らないところで奥手なお前が結婚なんかしやがってー!みたいな怒りもあると思うのですが、なんか死ぬ直前に随分都合の良いこと言うね?と芝居というか脚本を冷めて見ているタイプの人間なので、あんまりきわみしん(極美慎)マキュとぴーすけ(天華えま)マキュの違いについては言及できないかなあと思うのですが、マキュについて印象的なのはむしろ「座談会」でイケコと稲葉先生が話していた「『世界の王』を歌ってもマーキューシオとロミオ、ペンヴォーリオの間には埋められない溝がある」というところかな。

そういう意味ではペンヴォーリオとロミオの間にだって埋められない溝があるような気がする。
ペンヴォーリオは、ロミオ母に悪態ついたり、舞踏会に行くことをサクッと決めたり、結構人出なし感はあるのだけれども、2幕でロミオの「誰が誰を好きになっても良い〜♪」と歌うことで、心変わりをする。
「お友達の説教」を聞き入れてしまう(笑)。
ただ、そういう片鱗が1幕に脚本として見えないのがいつも不思議に思っているところ。
あの都合の良い唐突感はマーキューシオの死に際と似ている。今の私にはいまいち理解し難い。
「粗忽者」としては瀬央ペンに一票入れたいところですが、あかさん(綺城ひか理)も良かった。
ロミオと仲良し!という意味では、そりゃ同期なんだから瀬央が一歩進んでいるのは当然なのですが、そのぶんあかペンはマキュに近いところでロミオを見守ってくれるあたたかさがありました。
もっともペンヴォーリオの「粗忽者」という設定もかなり難しいよね……とは思っている。
「お友達の説教聞いて~♪」の曲も好きだし、ここで心変わりをした後のペンヴォーリオもわりと好きなんだけど、前半がいまいちつかめないキャラクターになってしまいっている。

こんなに個性がバラバラなのに、3人でいれば怖いものなんてないさ!と思えるの、すごいなあ。
そこから「世界の王」につながる。
ただ、私はロミオを追いかけてきたマーキューシオが倒れたときのロミオの演技はあんまり感心していない……ああいうものですかね。

そんなことよりもパリス伯爵です。
あーパリスなんてイケメン金持ちだ、という川柳ができるレベルですが、あかパリスは「気取り屋」できわみパリスは「間抜け」の感じがそれぞれ強い伯爵だったかな、と。
愛ちゃんティボルトときわみパリスの組み合わせだったら、きわみパリスは秒で首が吹っ飛んでいるレベル。
「間抜け」感を覚えないという意見もありましたが、
私はとことん間抜けで良かったな、と。
あかパリスは、ゆくゆくは大公になろうと考えているだけあって、間抜けは間抜けでも計算している感じがある。
汚職とかわかっていて手を染めて「え、ダメなの?」と言いそう。
そしてちゃんと抜け道もちゃっかり考えてあって、捕まらない。
きわみパリスは本当に間抜けで、汚職汚職と分からず「みんなやっているし、いいか〜!」みたいな感じで捕まる。
私はみっきーといいゆりちゃん(紫門ゆりや)といい、歴代パリスが好きすぎるのだ。
外部版ではパリスにときめいたことないのですが。

あとは死のお役ですかね。愛月の死はとにかくデカいし、怖い。
この作品のゲームメーカーって感じ。死が物語を回している。
全員殺してやる!ってオーラがバリバリ出ている。
背筋が凍りつくわ。本当に殺される。
しかもフィナーレでは娘役を大階段に侍らせて座っているのだから、観客はマジで別の意味で昇天する。
ぴーすけの死は、ロミオが死ぬまでが俺の仕事!
その過程でマキュにもティボにも死んでもらいまーす!って感じ。
狼のような髪型もイキっている死!という感じで個人的には新鮮でした。
トート閣下への道のりを一歩踏み出したのがぴーすけの死で、もうすぐトート閣下になれるのが愛ちゃんの死。
マーキューシオとティボルトが死んだとき、それぞれ死が彼らの魂といただいきますしているような振りがありますが、愛ちゃんは心臓を食べているのかもと思わせました。不気味。
萩尾望都の『バルバラ異界』に影響されすぎという感じもありますが、あの死は魂なんてもので満足してくれはしないような気さえする。やってやったぜ!感が強い。
宙組にいたときにはあまり思わなかったのですが、やはり大きいですし、ティボルト役でも高身長は生かされますが、死の役の方がずっと怖いなと思わせました。大きくて強い。
愛との身長差の関係もあるのでしょう。

外部版では、墓場でキャピュレットとモンタギューが仲直りソングを歌っているときに真ん中の十字架の上で死の役はもがき苦しんでいるのですが、今回は上手で苦しんでいる感じでしたので、ライブでは映り込みませんでした。残念。
ぴーすけが苦しんでいる姿はバッチリ見ました。
2つの家の仲直りに死が苦しんでいるの、最高の演出だと思っているのよ、私。
だからもっと真ん中でやってくれてもいいとさえ思っている。

そして、これも私には毎回わからないのですが、天国でロミオとジュリエットが幸せの愛情デュエットをしているとき、墓場のところで死がと愛が交差するのはどういう意図があるのでしょう。
むしろ私は愛によって死が消滅したくらいに思っていたので、あ、まだ死が生きている(この言い方も変ですが)と思ってしまうのよね。
向きが公演によって違うようにも思いますが、どういう意味があるのだろうと前々から疑問に思っている。
そして今のところ答えが出ない。

フィナーレは歌唱指導がティボルト役、銀橋で歌います。
そこからロケット、男役群舞となりますが、これまた男役群舞の途中から娘役が階段を降りてくるし、目が迷子。
どこ見たらええねん、と。
デュエットダンスも凄かった。
競技ダンスのようであるという話は聞いていたけれども、本当に競技ダンスのようだったし、オリンピックの試合かな?とか思ったり。
もっとも2人で金メダルを取りに行くというよりも金メダルを2人が争っているという感じでしたが。
銀橋で甘くラブラブに終わることが多いですが、今回は銀橋はまさかの通過点で、2人で超高速スピンで舞台に戻ってきた後、アイスショーのようなリフトをして完!
振付のスピードに目が追いつかないよ……とほほ。
けれども、フラメンコアレンジ、とてもよかったです!格好良かった!
こういうダンスもできる2人だからこそ、夢夢しいデュエットダンスもいつかやって欲しいなあ。

ただ、もうこの作品はしばらく宝塚でやらなくていいかなあ、とも思ってしまいました。
個人的に外部初演が好きだということもあるのでしょうけれども、やはり番手が明確にならないこと(そのためにダブルキャストになってしまうこと)、娘役の出番があまりにも少なすぎることの2つが理由として挙げられます。
今回もくらっちは上記で述べた通りにしても、はるこさんやほのちゃん(小桜ほのか)の扱いがあんまりではなかったでしょうか。
個人的にはおとねねえさん(紫月音寧)も好きなので残念です。
ダブルキャストという考え方も、当て書きオリジナルが可能な宝塚歌劇とはちょっと違うのではないかと思ってしまうのでます。

外部の方が良いなと思ってしまっている作品を、宝塚で見るのが意外としんどいこともわかりました。
音楽は好きなんですけどね。
外部も初演が好きすぎて、再演の廃墟のモノクロの街というのはイマイチピンときていないという事情もあるのかな。
次の星組には良質な当て書きオリジナル脚本が来ると良いなあ。