ゆきこの部屋

宝塚やミュージカル、映画など好きなものについて語るところ。

カイロプラクティック『女と女』感想

カイロプラクティック『女と女』

booth.pm

劇団雌猫のお一人であるひらりささん(@sarirahira)が企画しました本でございます。
この企画力がすごい2020である。
ちなみに私も蠱毒は『犬夜叉』で知りました。奈落のあれだよね。
他者から既存の言葉でくくられるのは違うと思う「女」と「女」の関係。
いい意味でも悪い意味でも自分だけの「特別」がつまったエッセイ集。
予想外の短歌もすごかった。
いくつか抜粋して感想をば。

●友達でなくなりつつあるあの子へ
これがSNSが発達した障害の一つか……と思いながら読みました。
自分の居場所はなんとなくここではないような気がして、でもみんながよくしてくれるから、なんとなくそこにいて。
大学を卒業したら、就職して、次のライフ・ステージに移行する中で、一緒にいる人間が変わるということはよくあること。
けれども、今はSNSが発達して、大衆が発言力をもつようになって、他愛のないことが全世界に発信されるようになった中で、「自分だけ呼ばれない」「予定さえ聞かれない」ということが明るみになってしまう、この辛さ。
やっぱり私はそちら側の人間ではなかったのか、と今更突きつけられる現実。
そんなのわかっていたはずなのに。でも、いざそれがあからさまになると苦しくて仕方がない。
「友達の終わりはいつなのだろうか」、そうだよね。
後述しますが、私も転校を繰り返す中で、「友達ってなんだろう」と思うことはたくさんあって。
お手紙のやり取りをしていた頃もあったけれど、メールアドレスを知っているけれども、決定的に何かが違うと思う瞬間がある。
そういうものなのかもしれない。だけど、仲が良かった当時はそれ以上の何かがあるって信じていた。
だから自分の「友情」が世間一般のものと大差ないと実感したとき、心が折れそうになる。
そうじゃないって信じていたからこそ。
まつおさんは結婚式に出席したのだろうか。
心の健康を祈るばかりである。

●彼氏をつくったあの子へ
私にはこういう経験が、幸か不幸かない。
と、いうか、私の友達は彼氏ができても、私にそれを教えてくれないw
そんなことよりも話すことがたくさんあったから、仕方がない。
私にとっても、友達にとっても、たぶん、「彼氏」って、その程度の認識しかなかった。
そう、「彼氏」はその程度でしかない。
遠くの(いもしないw)彼氏よりも近くの友人である。
なんだけど、「旦那」となると、それが変わるんだよねーいろいろ。そりゃ当然だって話なんだけど。
私の悪いところは、なぜか友達の旦那に、よくわからない敵対心があるところで。
「は? なんでお前なんかが、私の友達の隣におるの?」って思うことが本当にしょっちゅうあって。
私の友達は誰一人として、私の旦那に対してそんなことを思っていないはずなんだけど、私はなぜか友人に不満をもつことばかりで。
自分がなまじか運命の人と出会ってしまったというのもあるのかもしれない。
だからこそ、ただの友人以上だった存在が、言ってしまえば「男なんてもの」と対等に隣にいることが許せないというか、わけがわからない、という気持ちは、そういうこともあろうとわかる感情だし、よりにもよって自分まで……というのは、混乱の極みでしかないと思う。
でも、特定の女の人に抱きしめてほしいという女の感情に、名前なんていらないよ。
名前をつけたら陳腐なものになっちゃうから、自分だけの宝物にするべく、名前のないまま、心にしまっておいたほうがいい。
それは粉々になったダイアモンドかもしれないけれど、それを接ぎ合わせる必要はない。

●よこがおに見とれるあの子へ
このエッセイ集の中では、かなりほのぼのの部類に入るというか、その前の「もう会いたくないあの子へ」というのが衝撃的すぎて(『女と女』というタイトルから、こういう話もあるだろうことは想像できていたはずなのに)、すごく救われたというか、並べる順番もすごいなという感心しかない。
とにかく優しくてあたたかいエッセイ。
写真だって、被写体への愛がなければいい写真はとれないのよ!という、そういうすごくごく当たり前のことを再認識させられました。ありがたや。
よこがお(というかほぼ後ろからのアングルですが)の写真も掲載されていて、それが本当に素朴でふんわりとしたあたたかな日常を切り取ったような写真で心があったまりました。
この本のカイロのような存在です。
彼氏を放置してよこがおの彼女とデートを繰り返すw
おかげですぐに振られてしまったらしいが、でもそういう時期って、そういうことって、みんなあるのねーと思えて嬉しい。
女の子だけの秘密の時間。切り取られた一瞬。
そこには男なんて入る余地がない瞬間が、確かにある。
そいう素敵な時間を思わせてくれたエッセイでした。好き。

●変わりつつあるあの子へ
小学校に通う6年間で、2回転校した。つまり3つの小学校に通ったということだ。校歌も小学校だけで3つ歌った。どれ1つ覚えていないけれども。卒業アルバムを受け取った学校は最後の1年しか通っていないから、ロクに写っていない。さすがに担任の先生は気を遣ってくれたけれども、思い入れはあまりない。だから私にはいわゆる「幼馴染」というやつは存在しない。

彼女とは中学、高校が同じだった。
友人を介して仲良くなった。
けれども、思い返してみると6年間、結局同じクラスになったことはなかった。
言葉を重ねるうちに、仲立ちをしてくれた友人よりも仲良くなったのは、考えることが似ていたというよりは、知識のベースが似ていたのだろう。
それまでに読んでいた本の話で盛り上がることが多かった。
彼女は草間彌生が好きだったから、一緒に美術館に行った。

ホリが深く愛らしい顔つきに優しく穏やかに見える雰囲気は、男女問わず人気があった。
ただ実は結構性格にキツイところがあって、そのギャップがたまらんという人もいたかもしれない。
要はもてた。男子からも女子からも。
女子から?と思う人もあるかもしれないが、彼女はクラスの女の子から「どうしてあんな子(私のこと)と友達やってるの?」と言われたというくらいだ。
その話を聞いたとき思わず笑ってしまったが、彼女曰く「そういう子には、どうしてゆきこちゃんと私が友達なのかは、わからない」と。
こういうミステリアスに見えてしまうところも人気の一つだったのかもしれない。

高校時代、彼女に恋人ができたこともあったけれど、「手をつなぎたくないから、相手がいる方の手でカバンをもった」という話を聞いて吹き出したこともある。
やっぱり男なんていらないわ、と思った。この世の理不尽な女性差別に一緒に腹も立てた。

それから私が病みに病んだ高校生活が終わり、お互い大学に進学した。
彼女は東京の女子大、私は名古屋の私大。
遠く離れてしまったけれども、私は趣味の関係で頻繁に東京に行ったから、あまり離れているという感じはしなかった。
このご時世によく手紙も送り合った。
彼女の、みみずがのたくったような字は見た瞬間にわかる。
時には私が大学の友人を連れて、彼女の家に泊まりに行ったこともある。
彼女は快く受け入れてくれた。やさしい。

就職して、彼女は地元に戻り、私は戻らなかった。
今思えば、このあたりから何かがもしかしたら変わっていたのかもしれない。
もともと地元に寄り付きたくない私は正月も盆も地元には帰らなかった。
彼女に会う回数はめっきり減って、彼女は当然のことながら地元の友人たちと頻繁に会うようになった。
彼女はSNSを楽しむタイプの人間ではなかったから、私がその様子をSNSで見て傷つくということはなかったのは救いだったかもしれない。
東京で美術館巡りや舞台観劇も時折したけれども、大学時代ほど会うことはなくなった。

やがて私は結婚相手を見つける。なぜか私のほうが先だった。
親よりも先に紹介した。今考えてもウケる。
美術館に行って、シャンソンを聞いて、お夕飯を食べた。
彼女曰く「ついでに夫婦漫才も楽しんだ」ということだった。
結婚式にはもちろん呼んだ。わざわざ遠方から来ていただき、感謝しかない。

そうして彼女も見つけた。地元企業の社長息子だそうだ。
会ったとき「一緒に美術館とか行ってくれなさそう……」と思って、がっかりした。
あなたの大好きな草間彌生の展覧会に一緒に行ってくれない人でいいのか?と問い詰めたくなった。
ビールが好きなただのおっさん。高校時代は授業を聞かず、トランプ遊び。
日本の大学には進学せず、カナダの大学へ。さすが社長息子。

彼女は仕事を辞めて専業主婦になるという。それも驚きだった。納得いかなかった。
そんな裕福な暮らしさせてくれるのか、離婚したときどうやって生計を立てていくつもりか、家しか居場所がないのはつらくないか。ありえないスピードでいろんな考えが過った。
結婚式で新郎側の代表が今どき「糟糠の妻」とのたもうたことも(おしぼり投げつけてやろうかと思った)、友人代表のスピーチをしたときに新郎側のお偉いさんは誰一人として聞いていなかったのも(新婦側の親戚テーブルにはウケたスピーチだった)印象が悪い。
帰りの新幹線の中で一人泣いた。

決定的だったのは彼女に子供ができたときだ。
ありがちな話題だが「男の子と女の子、どちらがいい?」と振ったときに、「跡継ぎを考えると男の子のほうが気が楽かも」と答えられたときだ。
男の子なら継がなければならないのか、女の子でも継げばいいのではないか、そもそも性別で将来決まるとか今どきどうなの、ものすごい勢いで頭の中を反論がかけめぐり「女社長でもいいじゃないw」と冗談交じりで応えるのが精一杯だった。
私たちの青春とは一体何だったのだろう。人知れず絶望してしまった。
いつから「糟糠の妻」の側になってしまったのか。

今月生まれる予定の子供は男の子らしい。
お祝いには草間彌生の『不思議の国のアリス』をプレゼントしよう。