ゆきこの部屋

宝塚やミュージカル、古典文学など好きなものについて語るところ。

映画「ラスト・ディール 美術商と名前を失くした肖像」感想

映画「ラスト・ディール 美術商と名前を失くした肖像」
監督:クラハス・ロハ
脚本:アナ・ヘイナマー

公式ホームページこちら。

www.lastdeal-movie.com

花組はいからさんが通る』のチケットが2枚吹っ飛び(しかもうち1枚は2列だった)、挙句にニキビができて、超絶ふさぎ込んでいる私を慰めるために旦那が選んでくれた映画です。
最高の映画だった。最後の10分くらいは、もうずっと泣いていた。
見に行って、めちゃめちゃよかった。

●「負け犬」の物語
監督がパンフレットの中で「この作品は世の片隅に生きる人、いわゆる『負け犬』の物語です。」と述べていることが印象深い。
そう、主人公であるオラヴィじいちゃんは、個人で美術商を営む商売人。
今みたいにコロナやそれに端を発するものの影響でみんなが自粛とか言い出すと、真っ先に潰れてしまうような、そんなお店。
でも小さいながらも大切に店を営んできた、絵画を愛し続けてきた、というのがよくわかる。
オラヴィじいちゃんの言葉で印象に残っているのは「カネじゃない。名画に携われる」という同じ美術商の友人との会話の中のフレーズ。
この人は本当に美術を愛しているし、虜になっている。
だから署名なしの作者不明でも名画を見抜ける。
オークションハウスの社長と違ってな!

舞台はフィンランド
音信不通だった娘のレアから息子の職業訓練をお願いされる。
孫のオットーは窃盗歴があり、どこも受け入れ先がないようだ。
学校の課題なのだろうが、日本でいうところの職場体験みたいなものだろうか。
日本では生徒がみんなでバスにのって職場に行くが、それが家庭学習のような扱いになっているのはおもしろい。オラヴィじいちゃんもオットーも二人とも最初はしぶしぶって感じだった。
けれども、オラヴィじいちゃんが冒頭で600ユーロで落札した絵画を1500ユーロでオットーが売買した(値札は1250ユーロだったのにw)ことがきっかけで、二人は謎の名画探索隊となる。

そんなことの何が楽しいのか、最初、オットーにはもちろんわからない。
けれども、オラヴィじいちゃんは「こんな世界もあるんだよ」とオットーをアテネネウム美術館に連れ出す。
職業体験で来ているのだから、例えば店にある絵画について、「これはいくらでオークションで落札したけれども、この値段がついているのは~」と経営の話をしてもよかったはずだ。
けれどもオラヴィじいちゃんはそうではなく、美術館にオットーを連れていく。
これがとても素敵。
オラヴィじいちゃんは、財産やお金といった目に見えるものを家族に残すことはできなかったかもしれない。
けれども、「美術を愛する心」は間違いなくオットーに受け継がれた。
すごい感動。泣ける。

一方で、中央駅前広場でオットーはまとめ買いすることで安くなる洗剤を、単品で定価で売りさばく。
窃盗歴もあり、オットーの父の話も全然出てこないので、観客はなんとなくレアとオットーの暮らしが貧しいものだということが想像できるようになっている。
しかしオラヴィじいちゃんは最後の最後まで気が付かず、それゆえにレアを傷つけてしまうだけでなく、絶縁を言い渡されてしまう。
いるよねえ……こういう芸術家って……。
オットーの貯金に目を付ける展開はおもしろいといえばおもしろいが、レアとしてはとんでもない悲劇に違いない。

●謎の名画のオークション
これはもう手に汗握る展開。
いや、わかっている。わかっているんだよ?
映画だからね、オラヴィは主人公だからね?
そして謎の名画もオラヴィじいちゃんの推測通りイリヤ・レーピンなんだろう?
でもすごく手に汗握る展開だった。
前列の紳士とロシアから電話をかけて参加している人とオラヴィじいちゃん。
作者不明のこの絵画の競売がこれほど盛り上がると、一体だれが思っただろう。
そしておそらくオラヴィじいちゃんと競っている二人もこの絵がレーピンのものだと考えているのだ。
オラヴィじいちゃんが一万ユーロで落札したとき、会場からは拍手が起こった。

この謎の名画の一つ前の競売の途中でようやくオラヴィはオークションハウスに辿り着いた。
遅くなった理由は、オットーが「謎の名画が間違いなくレーピンの手によるものだ」という証拠を見つけてきてくれたからだ。
オットーは一人でヘルシンキから隣の港町まで行く。
謎の名画の最後の持ち主であったアナスタシア(これをオットーはインタネットで調べる。オラヴィじいちゃんにはできなかろう)が最期に入っていた施設を訪れていたのだ。
すごい行動力である。
オットー自身が美術の世界に魅了されていることが非常によくわかる。
施設の人との対応もすごく冷静で、オットーが急に大人になったように見える。

インターネットやメールというものを一切使わないオラヴィじいちゃんの姿も印象的でした。
使わないのか、使えないのか。
顧客管理も一昔前の図書館を思わせる紙ベース。
でもオットーがメールを使えたから、美術館から電話があったし、レーピンの「キリスト」とのツーショットはすぐに撮れたし、何より名画の最後の持ち主についての調べることができた。
このコンビ、無敵だなあ。

落札金額は一万ユーロ。
日本円にしてだいたい100万円とちょっと、というところか。
当然の話だが、落札しても支払いができなければ、絵画はオラヴィのものにならない。
なんとかかんとか金を工面して、足りない2000万ユーロはクレジット払い。
オラヴィじいちゃんは早速レーピンの愛好家に電話をして来店を待つことになる。
このレーピン愛好家というのがまたちょっと嫌な感じの人で、資本家を体言したかのような、監督の言葉を思えば「勝ち組」の仲間。
彼の泊まったあのホテルはすごかった。クラリオンホテル・ヘルシンキ
品のない成金という感じだった。

同じことはオークションハウスの社長にも言える。
署名のない絵画に社長はそれほど心を惹かれない。
けれどもその絵画をオークションにかける以上、作者を彼も探していた。
彼が作者の名前を知ったのは、オラヴィが支払いを終えて、オットーと名画とオークションハウスを出るときだった。
ざまあみろ!って思ったよね。
だけど、この社長が、レーピン愛好家にいらんことを言い、オラヴィじいちゃんの手元にある絵画は売れなくなってしまった。
オラヴィに残ったのは大量の借金だけ。
そんなことってあるかよ、あんまりじゃないかよ。
オラヴィは名画に携わる一大仕事をあと一回やったら美術商を辞めよう、これが最後の大仕事!くらいに思っていたのに、「勝ち組」たちによってあっさりとどん底に落とされる。
もともといた場所だって、そんなに高いところでもないのに。
でもたとえオラヴィじいちゃんが「負け犬」だったとしても、ちゃんと吠える力は残っていた。
杖を突きながら社長との対峙。これは勝ち負けの話ではない。

悔しい。
すごく悔しかった。
こんな奴のためにオラヴィじいちゃんは写真を切り裂いたのか?
いや、もともと最初に電話したときからいけ好かなかったけれども。
「生きていたのか」とかほざくやつだからな!

成金趣味のホテルのエレベーターを降りるオラヴィじいちゃんの背中を、私は涙なしでは見られなかった。
レーピン愛好家も、結局レーピンが好きなわけじゃなくて、絵画や美術が好きなわけじゃなくて、レーピンをもっている自分が好きなだけだった。
オークションハウスの社長にとっても、美術作品は生活費でしかなかった。
オラヴィじいちゃんにとっての美術は違う。
オットーはそれを肌で感じたはずだ。

●オットーのこれから
店を畳まざるを得なくなったオラヴィじいちゃんはびっくりするくらい老け込む。
もともとおじいちゃんだったけれども、外に出る機会がぐんと減ったせいか、着ているものがだらしなくなったせいか、この数日で一気に年を取ってしまう。

そんな折に一本の電話がかかってくる。
謎の名画にレーピンが署名しなかった理由、かつて展覧会をやった美術館の考えは「あの絵は聖画であり、神の前ではレーピンも一人の人間。サインがないのはそういう謙虚さに基づいているのではないか」と。
それを聞いて、オラヴィじいちゃんは人生で大切なものを思い出して、泣く。
私も泣いていた。

よし!と奮闘して、家に引き上げてきた美術品の整理をし始めた矢先、オラヴィじいちゃんは倒れ、そのまま亡き人となる。
あの椅子の演出はすごかった……。
椅子が止まったとき、オラヴィじいちゃんの時も止まったのね……。
駅前で洗剤を売買していたオットーに対して「店もないのに商売をしちゃいかん」と言っていたから、インターネットで商売しようと思っていたとは思えないけれども、少なくとも生きる活力を得たところだったのに。

遺品整理の際もオークションハウスの社長はいやらしい。
どこまでいっても嫌な奴だな!
レーピンの絵画を一万ユーロで買いたたこうとは。
しかし、もちろんそうは問屋が卸さない。
オラヴィじいちゃんは正式な遺言状を残していた。
イリヤ・レーピンの『キリスト』は、孫のオットーに譲る、と。
オラヴィじいちゃんの勝ちである。
オークションハウスの社長は試合に勝って勝負に負けたのだ。
美術愛好家たちの勝ちだ。

オットーはこれからどうするだろう。
そこまで描かれていないけれども、あの絵を大切にするだけではなく、大学では美術を学ぶのではないだろうか。
造る方ではなく、一鑑賞者として。
そしてゆくゆくはオラヴィじいちゃんのように店舗のある美術商を構えるのではないだろうか。
レアは反対しそうだけれども、それくらいオットーの人生に深い爪痕を残した事件だったはず。
頑張ってほしいなあ。
レーピンの「キリスト」とオラヴィじいちゃんとのツーショット。
すごくいい笑顔。これが図らずも遺影となる。
二つに切り取られたとしても、データはオットーが持っている。

一方で、おそらくレアが遺品整理として手放さないだろう絵画がもう一枚ある。
母と赤子の描かれた絵だ。
オラヴィが「なんとなく売りにくい」といって自分の店に飾り続けていた絵画。
レアも好きな絵であるらしい。
なぜオラヴィがその絵を売りにくいのか、なぜレアがその絵を好きなのか。
その理由は作中では描かれていない。
でも実はその絵はオラヴィの妻、レアの母が好きだった絵なのではないか。
オットー曰く「おばあちゃんがいた頃は家にもよく遊びに来ていた」とのことなので。
あるいは、レアがずっと求めていたもの、母と子の愛情といったものがあの絵に詰まっているからなのか。
そもそもレアの家にも絵画らしきものが置いてあったし、レアは在宅ワークのようだったので、インターネットで美術品を売買することで生活を成り立たせていたのかもしれない。
けれども、レアの人生も振り返ってみると壮絶だ。
家がなくなり、離婚した元夫の借金を返し続け、一人息子を育てるって……ムリ……。

●映画ロケ地ツアー
映画のパンフレットに(ちなみにこれを「プログラム」と言ったら、旦那に?って顔された。すまん宝塚では「公演プログラム」というのだ)フィンエアー主催の映画ロケ地ツアーなるものが掲載されていて、とっても行きたいです。
とても行きたいです。
10月とかめちゃいい季節じゃん?
美術館とかカフェとか巡りたいじゃん?
最高じゃん? 単なる聖地巡礼だろ??? めっちゃ行きたい。

詳細はこちら。

www.nordic.co.jp

でも、絶対にいけないのはわかっている。
そう、私はこのあたり、3年に一度の行事が控えているから……。
と思ったら一週間ずれていた。
あれ? これ、ワンチャン行けるのでは?
いや、でも次の週、試験がある……ああああああ行きたいよおおおおおお。
今年でなければいったのにすんすん。

ここで、脚本書いたアナ・ヘイマーさんに会ったり監督のクラウス・ハロさんに会ったりできるのかなあ、運が良ければ。
アナさんは、あれかな、日本でいうところの原田マハみたいな感じでしょうか。

https://www.amazon.co.jp/%E6%A5%BD%E5%9C%92%E3%81%AE%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%B9-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%8E%9F%E7%94%B0-%E3%83%9E%E3%83%8F/dp/4101259615/ref=sr_1_3?keywords=%E5%8E%9F%E7%94%B0%E3%83%9E%E3%83%8F&qid=1584329905&sr=8-3

原田マハが近現代美術に明るい一方で、アナさんはやっぱり西洋古典に強いのかな。
『こころに剣士を』も見てみたいな。

個人的にイリヤ・レーピンといえば、「皇女ソフィア」と「休息」の2枚がだいだいだい好きです。
「皇女ソフィア」に関しては、中野京子先生(映画のパンフレットにもコメントがありました)の『怖い絵』シリーズでおもしろく読めると思います。

www.amazon.co.jp

この本の表紙が「皇女ソフィア」です。
こちらの絵が歴史画であるのに対して、もう一枚私が好きな「休息」はレーピンが妻を描いた作品です。
椅子に脚を組んで座っているワインレッドのドレスを着ている女性。
絵のモデルは、モデルをしているうちに本当に寝入ってしまった、という話があります。
すごくほっこり安心できる絵です。
ポストカードもクリアファイルももっています。
2012年の秋とか冬だったかな、そのころに浜松でレーピン展をやったのかな?
初めて美術館に着物で訪れた展覧会でした。
楽しかったのをよく覚えている。
このときのチラシに「休息」が選ばれたのよねえ。

www.museum.or.jp

映画に出てくるレーピンの「キリスト」は、本作品のために描いたオリジナル作品だそう。
ここにこだわったのは監督のクラウスさんというよりも脚本のアナさんだったそう。
宗教意識の薄い私でも神々しいと思うのだから、信仰心の厚い人たちにとってキリストやマリアといった題材はやはり特別なのでしょう。
キリスト教徒であるオラヴィじいちゃんやオットーにとっても、レーピンであることと同じくらい、描かれているのが「キリスト」であることは大切だったのだと思います。
「神の祝福」は確かにあった、と。そう思いたい。