ゆきこの部屋

宝塚やミュージカル、古典文学など好きなものについて語るところ。

星組『龍の宮物語』感想

遅ればせながら『龍の宮物語』を観ました。

kageki.hankyu.co.jp

音楽奇譚 『龍の宮(たつのみや)物語』
作・演出/指田 珠子

公演中は感想ブログを我慢して、スカステ放映直後もツイッターに流れてくる感想を半目になりながら見ていたのですが、とにかく「良い」という評価が多かった印象です。
主演のせおっちが良いのはもちろんなのですが、くらっちも非常によい。
演出家デビューということで指田先生にも注目が集まり、ポスターも素敵で、期待は高まるばかり。
「東京で再演して欲しい!」という声もちらほら。『月雲の皇子』はまさにそうでしたね。
そんなわけで、とても期待して見たのです。
一幕のオープニングからものすごい雰囲気はよかった。
けれども、いくつか疑問が出てきたので、ツイッターでもぼちぼちつぶやいたその疑問をここではまとめてみたいと思います。
あくまで疑問をまとめるだけで、作品全体としての一本筋の通った解釈にはならないかと。

いろいろ言っているし、最後にも書いたけれども、この作品、せおっちがご贔屓だったら生で観劇できなかったことを舌噛んで死ぬレベルで後悔しているんじゃないかと思うくらい素敵だったよ!
そうでなければ2日連続で見るなんてことしないよ><

 

●玉櫛笥の役割
一幕の終わりで、清彦(瀬央ゆりあ)は龍の宮から現世に戻って来るのですが、そのときに玉姫(有沙瞳)から渡される玉櫛笥。
「再び会いたいなら決して箱をあけるな」と言われて渡される。
ちょっとこれが私にはよくわからなくて。
そもそもこの手の箱は「絶対に開けてはならない」と言われているのに「空けてしまう」ことから悲劇があるはずなので、今回の条件はどのように解釈したらいいのだろうか、という疑問。
玉姫は2幕で「どうしてあの箱を空けなかったの」と清彦を苦渋の思いを訴える場面があるから、何か意味があってのことだろうと思うのですが。

例えばこれが「何か願い事ができたら開けなさい」なら、禁忌には触れないですが、清彦は龍の宮で散々願い事を聞かれていたことがあるので、話の中でのおさまりはいいのかなと思います。
でもこうすると、現世に戻った清彦が生贄の犠牲になる雪子を救うために「雨を降らしてくれ」という願い事をして、終わってしまうような気もする。

ただ「雪子を救うために龍の宮にもう一度行きたい」という願いを叶えるならいいのかなと思ったり。
私は2幕で清彦がどうやって龍の宮に行ったのかがわからないこともあるので、これだとわかりやすい気もする。

全体の話が動きだすのは、主人公が積極的に自分の意志で動こうとする場面は、まさにこの2回目の龍の宮行き、「雨は僕が降らせます」のあたりからだと思うですが、いかんせんここからの話が急展開すぎて、ちょ、ちょちょちょーっ!待ってー!と頭が追い付かなくなったところもある。
いつの間にか龍の宮にいて、玉姫と再会し、いつの間にか玉姫が龍になり、気が付いたら龍神(天寿光希)が出てきて、刺されてしまった……という感じで、呆然としてしまった。
今までのゆったりした雰囲気はどうしちゃったの、別の作品ですか?と思うくらい。
芝居の緩急をつけるのはやはり難しいのですね。

そもそも清彦はどうして雨を降らせることができると思ったのだろう。
龍神は清彦の頼みは聞いてくれないと思うぞ……。
「もし雨が降らなかったら僕を殺してください」って言うけれども、いや、それでも雨は降らないと思う、よ……。

そもそも清彦はそんなに玉姫を愛していたのでしょうか。
台詞では「百合子のことも雪子のことも今は朧気で、今はあの人(玉姫)しか見えない」みたいなことを言いますが、幼い頃の約束だけで、桜蓼の約束だけで、そんなに執着できるものなのだろうか。
だから清彦が2回目に龍の宮に行くのが、「玉姫に会うため」というよりは「雪子が贄にならないため」のように見えてしまった。

とはいえ、百合子と夜叉ヶ池の話をする清彦は、なんとなく玉姫のことを思い出しているし、序盤からフラグは立っているんだけどな。
玉姫がうっかり清彦を愛していしまうのはわかるのですが、清彦のほうはどうなんだろう。
お人好しっていうし……。
玉姫を助けて水に飛び込んだり、膝枕の思い出があったりはするんだけど、決定打に欠けるような。
あともう一押し欲しいというのは贅沢な悩みかな。

 

●山彦、笹丸・伊吹の存在
山彦(天華えま)は清彦の書生仲間の一人として登場しますが、一人だけ清彦が夜叉ヶ池に行くことに反対する。
最初から「夜叉ヶ池について何か知っている」存在として出てくる。
清彦が消えたときも「当分帰ってこれないかもしれないな」みたいなことを言う。
まるで自分が龍の宮に行ったことがあるかのような。

2幕で清彦に夜叉ヶ池伝説を教えるのも山彦である。
年を取って、ひげを生やした山彦が島村(美稀千種)の別荘に来て、清彦に伝える。
けれども後に島村から「山彦は震災で亡くなった」と清彦は伝えられる。

おやおや?となったのは私だけだろうか。
おそらく山彦は「玉姫を裏切った男の子孫」で、「かつて夜叉ヶ池で龍の宮に引き込まれ」、玉姫と伊吹によって語られる「龍の宮から逃亡した男」、かつ「清彦の先祖(おそらく祖父か?)」というところなのでしょう。
「龍の宮から逃亡した」から、子孫である清彦と同じくらいの年齢で、書生に紛れ込んでいられる。
清彦が夜叉ヶ池に行って帰ってこなかったときも「こりゃしばらく帰ってこないな」みたいなことを言っていますので、龍の宮経験者であることは間違いない。
しかし、もう少し上記の設定を生かした演出をしたり、設定を加えたりしたいところ。

例えば、山彦は亡霊や霊魂みたいな存在で、書生仲間の中でも実は清彦にしか見えておらず、よく見ると清彦としか会話をせず、清彦としか目が合っていない、でも全体でみると5人でわわいやっているという芝居はできると思うのですよ。
そのためには、他の三人の書生の中に一人、山彦ほどではなくてもいいから清彦を夜叉ヶ池に行かないことを提案する人が欲しいところですが。

松二郎「夜叉ヶ池に行ってこいって!」
山彦「いや、ダメだ」
竹雄「本当は怖くないんだろう~」
清彦「そんなことないけど」
桂介「でも、やっぱりちょっと危ないんじゃ…」
山彦「そうだよな! もっと危ないところにしよう」
竹雄「怖気づいたのか~」

みたいな感じとかどうですかね。これ、山彦の台詞がなくても話が通じるんですよ。
大学卒業後の話をしている場面も同じようにできると思います。
かなりの演技力は求められるけれども、演劇ではよくある手法かなと。
っていうかぴーすけならできるよ。脚本のほうが難しいくらいか。

だから2幕で出てくる山彦も別に年を取っていなくていい。
人間ではない存在として出てくるから、清彦に語る物語にも説得力が出る。
そうすると震災でなくなったという設定はカットしてもよくなる。
わざわざ人間に寄せる必要はなかったかなと思われます。

清彦曰く「父は早くに死んだ」という。
だから父の可能性もあろうが、しきりに「祖母の家」ともいう。
「祖父の家」ではない。「祖母の家」なのだ。
つまり幼少期にはすでに「祖父」はいなかったということになる。
だから祖父の可能性もあるだろうし、そっちのほうが高いかな。
山彦は「君の祖父は龍の宮に連れていかれた」とも言っているし。

最初から何かあるなと思わせる人物は山彦だけでなく、龍の宮にいる笹丸(澄華あまね)や伊吹(紅咲梨乃)も同じですね。
龍の宮にいながらにして、人間の男への復讐はもしかしたら間違っているのではないかと疑問を抱く賢い人々。
しかし、この人たちがいまいち生きてこない。
なんなら龍の宮から逃れられないともうほとんど諦めている玉姫を説得して、かつて逃げた男のように逃げることもできるとはず!と玉姫の逃亡の手助けをし、清彦と再会した、あるいはあともう少しで成功するというところで龍神に見つかり、怒りに触れて、どちらかあるいは両方が殺されてしまい、ますます諦念を深めていく玉姫、とかいかがでしょうか。
いい役だっただけに、惜しかったなーという気がする。

最初に笹丸が清彦にお酒をかけてしまったときも、かばうのは伊吹なんだけど、この2人はなんだろうね、姉弟なのでしょうか。特にそういう設定ではないようですが。
どうしてこの二人は玉姫の行いに疑問を持つようになったんでしょうね。

 

●百合子の心変わり
百合子(水乃ゆり)は、身長が高いから着物がよく似合いますね。
なんなら、百合子のときは着物で、雪子のときは洋服とわけてもよかったかもしれません、
病から回復し、白川(朱紫令真)との結婚が正式に決まったときは洋服だったのが残念です。

ただ、この百合子も人物像がちょっとよくわからなくて。
最初は明らかに清彦に気があるような演出になっていて、白川と結婚するのも嫌そうな感じ。
まあ、それはよくありがちなのでいいのですが、清彦が行方不明になって、病(一体何の病気だったのだろう……)から回復したあとはわりとすんなり白川との結婚を受け入れている。

だから私はてっきり「病を看病してくれた白川に惚れた」「記憶を失うような病だったのか?」などといろいろ考えたのですが、とにかく白川よりも百合子のほうが乗り気な感じで、むしろ白川もそれを訝しんで、なんていうか百合子は大分薄情だなあとも思ったのですよ。

けれども2幕の白川は清彦に「百合子はずっと……」と思わせぶりなことを言うし、帰宅してからも「ヴァイオリンを自分のためには弾いてくれなかった」と言うじゃないですか。
つまりこれって「ヴァイオリンと清彦の記憶が固く結びついている」ことの証ですよね。
だから百合子は結婚した後も清彦に思いを巡らせていたということになる。
しかもお気に入りの曲を娘に教えたというのだから、時代を超えた想いという意味では未練たらたらな感じがある。
いや、どうした?って感じ。百合子はどうしたいんだ……。

やっぱり病から回復後、白川との結婚が本格的に決まったときに百合子がちょっと嫌そうなそぶりを見せたほうがいいんじゃないでしょうかね。
それだけで「あ、清彦を忘れていないな」ということが観客にわかるから。
そうじゃないと、雪子を救うために清彦が再び龍の宮に向かうのが、なんていうかちょっとかわいそうになってくるではないか。
清彦がかわいそうに見えるのも、雪子のために龍の宮に再度赴くように見えるから、余計にね……。

 

●ラスト、なぜ雨が降ったか
雨が降るというのは龍神が仕事をしたということですが。
はてさて不可抗力とはいえ、愛する玉姫を自らの手で殺めてしまったあと、階段で取り乱している龍神の姿を見ると、とてもではないけれども、仕事ができるように見えないのですが。
龍神の弟の火遠理(天飛華音)が雨を降らしたのかなーとも思ったのですが、それができるなら最初からやっているような気もするし。
何らかの形で兄から雨を降らせる技術を受け継いだとするのならば、龍神である兄が死んだか?という気もするし、なんなら、弟が殺したのか?とさえ思う。
いや、かのんくんが演じているからちょっと期待してしまうではないか><
『霧深きエルベのほとり』のヨーニー以来、私は注目しているので、つい。

よく考えると清彦の祖父が龍の宮から逃亡するのに手伝いをしたのは伊吹と火遠理なんだよね。
この二人、よく龍神の怒りを買わなかったな。殺されなかったな。
あれか、もしかして、ばれてないのか。玉姫にはばれているのに。
それとも龍の宮には死という概念はないのかな。
あれ、でも玉姫は死ぬ。もと人間だからかな。難しい。
山彦も死んだと偽って龍の宮を逃亡したというし。

龍となった玉姫の涙という解釈もできるでしょうけれども、玉姫はすでに亡くなってしまっているしなあ。
説得力にいまいち欠ける気がする。
清彦の涙という解釈もあるだろう。まあ、それはわかるのですが、ストーリー全体の骨としてはちょっと弱いかな。

上つ国に戻ってきた直後は雨が降っていない。箱を開けると降り始める。
「玉姫を忘れる=雨が降る」とはどういうことなんだろう。
そうするとやっぱり玉姫の涙だと解釈するのが妥当なのかな。

玉櫛笥がパンドラの箱の役割をして、二度開けるという演出なら、最後に二回目に箱を開けて、希望が残る=雨が降るというのもありか。
でも玉櫛笥を開けるのは最後だけなんだよなあ。
開けても開けなくても玉姫にはもう会えないというところで開ける。
やはりこの箱がかなり謎を呼んでいる。謎解きしたい。

そもそも雨が降らなかったのは、龍神が玉姫に夢中になっていたから、ということですが、どうなんでしょう。
そしたら、もっとずっと前から雨は降っていないような気もする。
だから少年のときの清彦が玉姫に会ったときに雨が降っていたのはなぜだろうという話になる。
もっとも龍の宮と上つ国では時間の流れ方が違うようですが。
清彦が龍の宮に来てから、玉姫の様子が変わってから、龍神は仕事をしなくなった、雨を降らせなくなったと解釈するのがいいような気がしてきた。
そうすると玉姫が清彦のことを忘れないと龍神は雨を降らせない。
でも玉姫は清彦の代わりに龍神によって刺されたわけだから、龍神としては怒り爆発でしょう。

龍神はどうして玉姫をあんなにも気に入ったのでしょうね。
玉姫の他にも生贄はいただろうが、彼女たちと玉姫は何が違っていたのだろう。
玉姫が「人間に復讐したい」って言いだしたのかな、それで龍神が「おもしろい女」となったのかな。
他の生贄は人間たちに絶望して、泣いているばかりなのに、玉姫は違ったとかそういうエピソードがあったのかも。
まあ断トツで好みの顔だったということもあるかもしれないけれど。

かつての人間であった頃の想い人が、ちゃっかり別の女と結婚して子供をつくって、子孫を残している。
玉姫がその男を憎むのはわかる。
その子孫が憎いのもまあ、わからんではない。男性限定で。
ただ清彦は独身だったし、子供もいないから、玉姫は実は彼を殺せば復讐が完了すると龍神は思っていたのかもしれない。
でも玉姫の方では、事はそんな簡単なことではない。

山月記』の李徴みたいな感じで、人間と龍神の間で玉姫のアイデンティティは揺らいでいる。
その演技が声音でわかる。くらっち、本当にすごい。
李徴でいうところの「おれ」と「自分」の使い分けみたいな。
完全にどちらかになる時もあるけれども、いつもその2つのアイデンティティが揺らいで、鬩ぎ合っているから苦しい。
いっそ身も心も龍神になった方が楽なのだろうけれども、それもできない。
だから玉姫は清彦を殺せない。しかも清彦があんまりにも優しいから、愛してしまう。
憎むことは苦しい、それに疲れたから死にたいという気持ちも本音だろうし、わからないではない。
個人的には清彦よりも玉姫に感情移入してしまう。
「人の心が残っているうちにお前に殺めて欲しい」ってすごい口説き文句だと思うんだ。

ラスト、雨が降る中、清彦が持っている赤い布。
今まで玉姫が殺めてきた、かつての想い人の子孫たちの血で染められたショール。
花飾りや着物でもなく、玉姫の過ちの証だけが手元に残る。
残酷だけど、清彦にとっては救いなんだろうなあ。
一人雨の中呆然としている場面は最高だった。
このラストを生かした演出がもっとしたい。

 

泉鏡花
泉鏡花の「夜叉ヶ池」は、小説だからある程度破綻があっても読者の想像力いかんではどうにでもなるところが多いのですが、芝居だと舞台セットがあって、お衣装があって、とかなり3次元になるので、物語の因果関係を綿密に練る必要があるのは難しい。
とはいえ、これがデビューなのは完成度高いと素直に思う。
音楽も素敵だった。さすが「音楽奇譚」というショルダータイトル。すばらしい。

ちなみに泉鏡花なら「夜叉ヶ池」も好きですが「春昼」がかなり好きです。
短編だからおすすめ。「高野聖」も有名ですね。
天守物語」も大好き。どれも魔性の女が出てきて、幻想的な世界観を持っています。
「夜行巡査」「外科室」で最初に評価されましたが、こちらは個人的には得意ではない。

鏡花はかなり幻想的で、いきなり小説を読むのはちょっと……と思う人は、波津彬子先生の漫画がよいかと思います。
お耽美なイラストが最高です。

www.amazon.co.jp

ちなみに「春昼」は金沢にある泉鏡花の記念館でジオドラマとして上演されえています。
これも必見です。大変よくできた幻想的な世界です。
「春昼」もいい芝居になりそうなんだけど、短編だから和物のショーのモチーフにするのがいいよ!

www.kanazawa-museum.jp


●雑記
まあとにかくみっきーの美しさだよね。
「ああ、くちおしい」「うれしんでいる」という言葉遣いが非常にお似合いで。私も使おう。
あとかのんくんの長髪ストレートも最高だわ。
おとね姐さんもきれい。
なんだかんだ言ってきたけれども、せおっちにとってはいい作品だったと思う。
最初にも書いた通り、私がせおっちをご贔屓していたら、この作品を生で見られなかったら舌を噛んで死ぬレベルで良かった。生で見ていたら雰囲気に飲まれていたかもしれない。世界観はそれくらいい。
フィナーレもよかった。
みっきーが芝居では銀髪で、フィナーレでは当然のように金髪ですばらしかった。
一体どこに隠していたの。
娘役のナンバーもよかったし、全員大集合も素敵だった。
デュエットダンスはせおっちとくらっち、赤ではなく、水色とかブルー系の池をイメージした衣装かと思いきや、今まで流した血の色の赤ってすごい責めていますね。最高。
指田先生、すばらしい作品をありがとうございました。
今後も期待しています。楽しみにしています。