ゆきこの部屋

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映画『シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!』感想

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映画『シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!』(現代『Edmon』)
監督・原案・脚本:アレクシス・ミシャリク
主演:トマ・ソリヴェレス

映画『シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!』を鑑賞。たいへんおもしろかったです。
たくさんの人に見て欲しい映画です。映画館に行くのが怖いという人もいそうですが、これは見て後悔しない作品。
ちなみに『シラノ・ド・ベルジュラック』はもうすぐ星組で開幕予定。

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作中に出てくるムーラン・ルージュ月組『ピガール狂騒曲』の舞台そのものですし、舞台裏の話という観点でも共通のおもしろさがあります。

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言葉だけですが「ダルタニアン」も出てくるので、『All for One』ファンも楽しめるかも。
チェーホフも出てくるので星組『かもめ』の連想も可能です。宝塚らしくない作品と言われがちですが、私は好きです。
しかしこれら宝塚要素を無視しても、とにかくおもしろかった!とすっきり思える映画でした。

1895年、フランスパリ。詩劇作家のエドモンは作品を上演するものの、劇場支配人にはすぐに打ち切りだと告げられる。
才能を信じてくれていた妻もスランプが2年続くと家事や子育てのお金も回らなくなり、心が離れていく。
ある日、俳優で友人のレオが想い人であるジャンヌへの愛の言葉を代弁する。
すると今までのスランプが嘘のように作品のアイデアが浮かんできたエドモンはレオには内密に、レオとしてジャンヌと文通を始める。
四苦八苦ののち作品は完成するものの、個性的すぎる俳優、押しの強すぎる出資者、劇場を使わせないように奮闘する劇場支配人などなど問題は山積み。
シラノ・ド・ベルジュラック』の創作秘話を、作品へのオマージュたっぷりでお届けする2時間映画。

この話を映画にするために15年もかけたという監督の意気込みを感じずにはいられませんでした。
実際にこの映画の制作費が、同じ作品の舞台の収益によっているというのもおもしろい。
というか映画の本を書いたときには出資者が集まらなくて、それを舞台版に書き直したら出資してくれる人が出てくるというのはおもしろいなあ。
監督の多彩な才能を感じずにはいられません。
本人も役者として出演しておりますし。
小説も書いているとか。すごいな。神は二才を与えたもうか。

まずは大好きなキャラクターから。
カフェオノレ亭の黒人店長がしびれる。とにかく痺れる。最初からいい。
最高にクールだね!
「義父が残してくれたのは、カフェと詩を愛する心」という台詞が印象的です。
よい義父だったのね……と出てもいない義父にまで思いを馳せてしまったよ。いい作品だな、本当。
最初に黒人であることを逆に馬鹿にされた彼は、教養のない客はいらないと言わんばかりに、しかし暴力に頼ることなく、自身の深い知識教養によって啖呵を切って、客をやり込め、見事に追い出す。
それを見ている客たちは、拍手で店長を迎える。
その客たちは、当然白人が多いのだけれども、当時のパリでもこういう黒人は受け入れられたのでしょうか。
映画の演出としては大変面白かったのですが、フランスに旅行したときにあからさまな差別を目の当たりにした身としては、当時の差別問題という重い現実を思い出しました。

要所に出てくるキーパーソンなのに、映画のパンフレットには取り上げられておりません。悲しいかな。
調べてみると、どうやらこの役者さんは2019年に亡くなっているようです。
コロナでないといいのですが……コロナでないならいいというわけではありませんが、そんなことが脳裏をよぎりましま。
「芸術家よ、無法者であれ!」と言ってカフェから劇場に進軍を促す場面も素敵でしたし、進軍する様子はさすがフランス革命の国だと思いました。
この場面は映画の公式ホームページの予告でも見られるので、ぜひそこだけでも多くの人に見て欲しい。
芸術家、ひいてはアーティストは無法者、ちょっと反社会的だったり、ちょっと斜に構えたくらいでなければ、やはりおもしろいものは作れないですよね。
なんていうか「総理倶楽部」とか言っている場合ではないのだよ。

もう一人、個人的なキーパーソンは、娼館に出てきた謎のロシア人。
いかにもロシア人という風体で、結核だといい、女遊びはせず、やたらとうまいことを言う。
パリで豪遊できるくらいのお金持ちというところか。
その名もアントン・チェーホフ
そりゃそーだわ!そーだろーね!
うまいこと言うわけだよ!
「嫉妬深い妻に許しをもらうためには?」というエドモンの問いに「もうすぐ死ぬから許して」と答える。
人間はいつか死ぬ。だから嘘ではない、と。
そしてエドモンは『シラノ』のラストシーンを思いつく。
「着想と出会う」とはまさにこういうことなのでしょう。
この映画にはそういう場面が何回も出てきますが、この場面が一番痺れます。
この場面においてチェーホフに「度がすぎるほど楽しんでいる」と言われている友人のロシア人は、しっかりというかちゃっかりというか『シラノ』の初日を観に来ていて、ばっちり感動していました。
感情の起伏が激しいようで(笑)。
チェーホフは特に大きなアクションは起こさないものの非常に満足した様子でした。

自由人が多い映画ですが、個人的にベスト・オブ・自由人はサラ・ベルナールでしょう。
それこそロートレックのミューズですが、このころはもうアメリカでも仕事をしているらしく(アメリカの客はうるさい客、フランスの客は上質な客という考え方に笑ったw)、たまたまフランスに戻ってきていたわずかな時間をエドモンのために割き、エドモンと名優コクランと引き合わせた張本人です。
まあ、時間をつくるだけ作って、引き合わせるその場に自分がいないというところが、自由人が自由人たるゆえんなのですが。
『シラノ』の初日も、招待されていなかったのか、いたけれども忘れていたのかは定かではありませんが、全5幕のうち、最後の幕だけ見に来る。
それもヘアセットの途中でw
「まだ終わっていません!」というスタイリストに対して、「私はこれが気に入っているのよ~」とかいって、出て行ってしまう。自由すぎるだろ。

レオは当然、手紙など送っていないのに「情熱的な手紙をありがとう。最初は顔が気に入っていたけれども、今はあなたの魂が好きよ」というようなことをいうジャンヌに不信感をもつ。
手紙を送っているのはエドモンなのだから。
最初にうっかり男の人と熱いキスをしてしまったあのうっかりレオが、愛するジャンヌのためにラストでは詩の勉強をする。感動。
好きな人のために変わることができるってとても素敵ね。

ラストは熱情的なくちづけ祭りです(笑)。
ジャンヌは『シラノ』の幕が下りた後、レオに熱いキスをします。
しかしそのあとレオがカーテンコールで舞台に戻ると、エドモンにも熱いキスをします。
こういうところがフランス映画っぽいなと思ったわけですよ。
情熱的なフランス女が舌の根も乾かぬうちにというか唇も乾かぬうちに他の男とキスをする(褒めています)。
まあ、前者は愛情のキスで、後者は友情(友愛?)のキスなんでしょうけれども。

これはちょっと私には真似できないなーと思っていたら、ジャンヌが舞台袖から姿を消した後、エドモンの妻・ロズモンドが今度は現れる。
嫉妬深い(と言われている)(少なくとも私はそうは思わなかったぞ、あれくらい普通だぞ)ロズモンドは、しかし冒頭ではとてもエドモンの才能を信じている。
あの場面があって良かったと思うのは、この最後の最後の場面ですですね。
「作品を作ったあなたとあなたの愛人に感謝だわ」と言うような台詞があり、そのままエドモンに熱いキスをします。
一緒に観に行った旦那は「奥さんは結局勘違いしたままだった」と言いますが、私はあながち勘違いではなかったのかなと思います。
作品のミューズというのは聞こえはいいかもしませんが、『シラノ』の幕が降りた後、レオとジャンヌがこれまた熱いキスをしている様子を見ているエドモンのあの眼差しは「作品のミューズってだけか?」と思ってしまいました。
ロートレックサラ・ベルナールの関係も、どうだったんでしょうかね。
ちなみに作中に出てくる『シラノ』のポスターはロートレック風味でありました。
ロズモンドを演じたアリス・ドゥ・ランクザンは私の大好きな映画『婚約者の友人』にも出演しております。

ラストは以上のように4回も熱いキスが繰り広げられる(ちなみに客席でサラがオノレにも熱いキスをしていた)わけですが、そのどれもが女性からのキスというのが衝撃的でした。
すごいよ、フランス女。めっちゃみやびだよ、とんでもない熱量だよ。

劇場の舞台監督の小柄のおじさんは、出てきた最初から迫力あるなーと思っていたら、かなり芸歴の長いお方だったようで。
旦那がその昔、彼が主演を務める作品を見たことがあるようでしたが、ハリウッドにも呼ばれるような名脇役だとか。
『シラノ』の当日、シラノと決闘するはずの役者が見当たらずに、エドモンに「リハーサルを見ていただろ!」と言われる。
この無茶振りが『ピガール狂騒曲』を連想させますが、こちらの映画ではバッチリと演じてくださいます。すばらしい。

コクランの息子役もよかった。
ちょっと愚鈍で、俳優の傍らパン屋のアルバイトもして生計を立てているけれども、名優のパパとしては俳優だけで生計を立てて欲しいらしく、アルバイトにはいい顔をしない。
しかし恐ろしく演技は棒。
それを克服するために娼館に行くのですが、まさかの1度目は失敗。
そういう流れになるだろうことは読めていましたが、失敗するんかーい!と思いました。
けれども、本番直前にどんでん返し。楽屋で!?みたいなところはあるけれども、見事に情感もって台詞をいえる役者になりました。立派である。
このあたりもなんていうかフランス映画っぽい。

日本でミュージカルといえば『レ・ミゼラブル』『エリザベート』あたりでしょうか。
モーツァルト!』を挙げる人もいるでしょう。
どちらにせよ悲劇の方が多いんですよね。
喜劇はあんまりないなあ、と旦那と話しました。
余韻を残す作品があまりうけなくて、1から10まで説明してくれる作品の方が舞台に限らずエンタメにおいてウケてしまうこの国で、喜劇を上演するのは難しいのかもしれません。
1から10まで説明していたら、当然喜劇にならないですから。

しかし繰り返すようであれですが、『総理倶楽部』とか言っている場合ではないんですよ。
キャラクター化して「かわいい」と思われることよりも、実際にその人物がどういう政策を行って、どういう結果を出して、もっといえばどんな非道をはたらいたのかを勉強するのが「学問」でしょう。
学問がないがしろにされる国での喜劇はやはり難しいと思わずにはいられません。

最初にも書きましたが、たくさんの人に見て欲しい映画です。