ゆきこの部屋

宝塚やミュージカル、映画など好きなものについて語るところ。

月組『ブラック・ジャック 危険な賭け』『FULL SWING!』感想

月組公演

ミュージカル・ロマン『ブラック・ジャック 危険な賭け』─手塚治虫原作「ブラック・ジャック」より─
作・演出/正塚晴彦

ジャズ・オマージュ『FULL SWING!』
作・演出/三木章雄

全国ツアー公演、配信を見ました。
ケインに渡した薬はどうなったのかとか、ベリンダとヨランダは間違えないだろうとか、ブラック・ジャックの影の活躍はあれでいいのかとか、気になることがないわけではないのだけれども、そんなことは本当に瑣末なことで、それはなぜかといえば、やはりブラック・ジャックをして「MI6も独裁者も変わらない」と言わしめるのは結構長い台詞だけどきちんと聞けるし、なんならその内容にはしびれまくるし、怪我をしたケインの心配をずっとしていたアイリスが最終的には大きな怪我をしてケインが心配しまくるという構造が大きく反転するのもおもしろいし、命があるだけではダメで、生きる意思がないとどうにもならんということをケインにもアイリスにもあてはまるように描いているし、なんといってもれいこちゃんのブラック・ジャックがすばらしくて、もう!もう……っ!
初演は、家にビデオがあったような気もしますし、母親が見ていた記憶もありますが、私自身はタカスペなどでよく歌われることもあるためか、主題歌くらいは知っているけど、という程度です。だから、こんな話だったのか〜!となんだかものすごく感心して見てしまいました。配信でしか見られなかったのは惜しい。

最近の10代は『春琴抄』を読んでも犯人探しはしないと聞きます。曰く「テクストにわからないと書いてある以上、わからないだろう」と。しかしその程度の読解力ではとても手塚治虫の原作漫画『ブラック・ジャック』は読めなかろうと思うのです。
長い作品ですから全部を読んだとは思えないのですが、原作漫画はそうとう好きです。手塚治虫のベスト3に入ります。残りは『リボンの騎士』と『アドルフに告ぐ』です。
ブラック・ジャックに話を戻しますと、これは新しいヒーロー像を作った作品だと思っています。いわゆるリーダーシップを発揮しまくる赤レンジャーでもなければ、頭脳の理詰めでみんなをまとめるタイプの青レンジャーでもない。その観点から言えば、どちらかといえば、ブラック・ジャックは敵役になってしまう。なぜならば、途方もなく口が悪いからであり、その歯に衣着せぬ物言いは時に周りの人をどきっとさせたり、いらっとさせたりする。けれども彼の行動を見ればわかるように、彼は非常に人類愛に満ちている人であり、人の命を何よりも重んじる人(開演アナウンスのれいこちゃんの声はブラック・ジャックにしては少し高いかな?と思うけど、この人類愛が滲み出ているんだよねー)。だから、彼の言葉にばかり注目すると、この作品を読み誤る。言葉ではなく、行動をきちんと見定めなければならない。それは必然的に周囲に考える力を求めることになる。
春琴抄』で犯人を探さない人たちは、ブラック・ジャックを理解できないだろうと思う所以はそのあたりにある。

スノードン卿に対して「命の重さに序列をつけるのですか?」みたいなことを聞くブラック・ジャック。この言葉はコロナのこの数年で我々が身をもって感じていることですよね。
政府の重鎮ともなれば、ちょっと熱があるくらいで直ぐに医療機関にかかれるのに、多くの一般市民は「熱がある場合は〇〇に電話してください」みたいな感じで病院に行っても、病院に入ることさえできないなんてこともある。私たちは命の重さに序列をつけられた世界に住んでいることを否応なく実感させられる。つらい。
だからブラック・ジャックはこういう連中からしこたま金をもらう。驕っている人間には容赦なくお金を請求する。一般市民側の読者としてはスカっとするが、その正義は現実にないこともまた痛感してしまう。

れいこちゃん(月城かなと)のブラック・ジャックが本当に良かった。演技が上手い人というのは、もうずっと言われ続けてきたことだし、もはや自明のことでさえあると思うけれども、本当に演技が上手い。完全ブラック・ジャックだった。すごかった。
「切って切って切りまくる」と言うわりにはケインに「手術は危険。安静に暮らしているのが一番」とアドバイスするところなんかも好きだな。ただの手術屋ではないのよね。
口は悪いけど人情のある人で、でも肉弾戦には弱くてケインに足を踏まれたときなんかは情けなくて、ピノコに見せる人間らしい一面もぐっとくる。
ベリンダに「本物のオペってものを見せてやる」って台詞はしびれちゃったもんなあ。よくわからないけど、ドキドキしたよ。すごく格好良かった。すばらしい。
スノードン卿とのやり取りも、自分の主義主張を理解されなくてもなんのその、とはいえ、そのあたりにいるような金儲け主義者でないことは理解するから、最後はああいう形になる。
原作漫画だったら言わないかな、と思われるような「こういうことは滅多に言いませんが、結構あなたの人間性を信頼していますよ」というような台詞も、まあ宝塚だし、100分で完結しなければいけないし、あれはあれでよかったのでしょう。

そしてスノードン卿がものすごくよかったですね、りんきら!(凛城きら)
今回はうっかりするとブラック・ジャックの相手役でしたよ、彼。
イギリスで開業しないか、とブラック・ジャックに持ちかけたときも「ごめんですね」「やはり」というやりとりの間の取り方が完璧。普段から月組にいらっしゃる方?と思われても納得でしたわ。
これまたサービスシーンのパジャマも可愛いんだから、もうー!!!
仕事に誇りと情熱をもっていることもわかるし、一方でアイリスには「どうしても行きたければ、情報部をやめなさい。君個人が何をしようと好きにすればいい」みたいなことを言って、自由にしてあげるし、優しいんだよなあ。少なくともお金のためには動いていない。国家のために動くし、そしてまた部下個人のこともきちんと考えることができる上司です。とはいえ、上司らしく部下が望めば命をかけた作戦も平気で口にする。国家のため、という大義名分のもとで。このバランスが絶妙だったわ。
ブラック・ジャックとは相容れないところもあるけれども、彼もまた根本のところでは人類愛をもっているように見えました。ブラック・ジャックが「独裁者でも患者なら救う」と言っていたのに対して、否定的だったことを理由に、スノードン卿が人類愛のない人だとは言えないと思います。そもそもこのブラック・ジャックの言葉に頷くことができる人がどれだけいるだろう、ということを考えれば、それは明らかでしょう。

海ちゃん(海乃美月)は恵とアイリスの2役。早着替えはなかなか大変そうでしたね。しかし出てくるたびに表情が違うのはさすがでしたわ。別人かと。
ブラック・ジャックと恵はかつて愛し合った仲のようですが、白衣を着ていたけど恵は同じ医者だったのか? けれども進行性の病が見つかってブラック・ジャックが手術をしたのか? その手術は成功しただろうけれども、その後彼女はどうなったのか? なぜブラック・ジャックと一緒にいられないのか?と、結構考える余白はありそうです。全部説明してくれー!と思う観客もいるかもしれませんが、私はこの余白はそれほど気にならなかったかな。人生、語り尽くせないこともあるでしょう。
ケインに渡した薬も使わなかったし、伏線を回収するばかりが芝居ではない、というか、本当に日常の延長として作られている芝居なんだな、と。正塚先生、ありがとうございます。
大事なのはとにかくブラック・ジャックがかつて愛した女性をまだ忘れられないというところです。
その恵にそっくりなアイリス中尉を最初に見たときのブラック・ジャックの驚きようといったら……! もう! れいこちゃん、まじでブラボーだったわ。
アイリスがその後どんな気持ちでブラック・ジャックを追いかけて行ったか、なぜかよくわからないけれども邪険にされたような印象も受けつつ、それでもケインのために後を追うし、話しかける。アイリスの気持ちを思うとやるせない。どんな気持ちで最後、連絡先を残して行ったのか。そしてブラック・ジャックはなんのかんの言って優しいから、それを持ち帰ってしまう(笑)。
とはいえ、アイリスはケインの恋人なので、がっつり濃厚なお芝居があるわけではなかったのですが、これはこれで仕方がなかったかなとは思います。もうちと出番があると良かったのかな。大劇場ではなく、全国ツアーのお芝居だから、まあこれもこれでよいのでしょう。

そのアイリスの恋人、ケインはおだちん(風間柚乃)。アイリスを庇って受けた銃弾の破片が神経を圧迫しており、絶え間ない頭痛やしびれに苦しみ、人生やってらんねぇと賭け師になる。ブックメーカー、とか言ってましたか? ちょっと私にはよくわからない用語ではあったのだけれど、とにかく世界中のいろんなことを賭けにして儲けている、というような、英国情報部にいた人間が一気に転落した感じのキャラクター、だと思うのですが、おだちんはいまいちやけっぱち具合というかやさぐれ具合が足りないかな、と。いや、きっと本人が真面目だということもあるのでしょうけれども、なんかいまいち堕落しきっていないような……だって、恋人をかばって怪我をして、仕事も辞めざるを得なくなったのに、その恋人は以前と変わらずバリバリ働いていながら自分を気にかけてくれる、とかたぶんケインから見たら相当惨めだと思うんですよ。それこそ「男のプライド」ってやつですよ。でもなんかその惨め感というか、ジメジメ感が足りなかったからかな。本人、カラッと明るいタイプだからかな。
でも最後にアイリスが手術しているときのケインはすごくよくて、「今までアイリスがどんな気持ちでいたのかわかった」というところまでの流れはすばらしかった。やっぱりしっかりした人の方がおだちんには合っているのかもしれません。

かれんちゃん(結愛かれん)はイギリスの大きな病院の医者ベリンダ。あの時代の女医、というのはあれくらい気が強くないとやっていられないのでしょう。あんまりこの言葉は好きではないけれども、いわゆる男勝り的な、そうでもしないと19世紀末に女の外科医なんてやってられないでしょう。医者にも患者にもなめられたい放題なのは想像がつく。
その前半の硬質さがあって、最後に「今夜のことは一生忘れません」とブラック・ジャックに頭を下げる。すばらしい。じーんとしちゃったよ。
オープニングでもダンスしていて、こちらはまたとてつもなくキュート。色々なかれんちゃんが見られて良かったです。

ぱる(礼華はる)も大活躍。私はあんまり刺さらないけれども、ぎりぎり(朝霧真)との芝居と、まのんちゃん(花妃舞音)ローラとの芝居は良かったな。
るうさん(光月るう)の悪役は安心と信頼があるし、じゅりちゃん(天紫珠李)のああいった感じの悪役はなんだか新鮮でした。
ピノコのそらちゃん(美海そら)もうまかったな。ちゃんと18歳の女の子でした。喋り方は、なんでも舌ったらずにしたらいいってもんでもないだろう、あれにはもっと規則性があるだろうと思うのだけど(ドラマで方言が使われるときなんかもよく思う)、まあ何を言っているかわからないわけではなかったから、まあ、いい……のか?
こありちゃん(菜々乃あり)にはもっと見せ場を!と思いながらも、ダンスで映る様子はそりゃもうすばらしい。彼女の柔らかいダンスが好きです。
まおくん(蘭尚樹)のコロスもよかった……! 彼女の見せ場ももっとあっていいのでは?! そりゃ、ショーでは活躍していたけれども……すんすん。
あと私にしては珍しく男役下級生七城雅くんも発見。『ギャツビー』の新人公演ではトムを演じていましたね。今回は、台詞はなかったような気はしますが、立っているだけでオーラがある。こちらも楽しみですな。

ショーは基本的には大劇場と同じでしたが、ここでもはやりぱるが躍進してきていますね。個人的にはあみちゃん(彩海せら)推しなので、このあたりの学年はちょっとセンシティブになってしまう。
あと大活躍だったのはやはりるねぴ(夢奈瑠音)ですね。ホント、顔が小さい!
ジャンゴの場面とアッデューの場面は相変わらずモエモエですが、ジャンゴの白い蝶がもうちと改善されていてもよかったのでは、と……なんだかちゃっちくないですかね、大丈夫かな。
りんきらが出てくれたのもとても嬉しかったです! るうさんとりんきらのパパラッチって圧が強すぎるだろ!と思いましたよ。また男役群舞のところで、おだちんがれいこちゃんとくっついて歌うところは、何かとれいこちゃんが仕掛けておだちんが驚きながらも音を外さなかったというつぶやきが目立ちましたかね。近くで聞いていたスパダリも「よく歌い、よく踊る役者だね」と。エトワール、今回も気持ちよくコブシがまわっておりました(笑)。
全体的に渋いお色味の衣装が多く、ジャズということで大人向けのショーなのでした。

次の大劇場は『応天の門』。
人生最推しといってももはや過言ではない在原業平をちなつ(凰月杏)が演じるということで、これまた楽しみです。
うみちゃんは昭姫ということで、またれいこちゃんとはラブにはならない予感ですが、どうなるのでしょう。演出が田渕先生であることは若干胃が痛くなるような気分ですが、その他の配役発表も楽しみにしています。